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越後瞽女唄(ごぜうた)探求の旅

これまでの演奏 − 瞽女唄を携えて

点字毎日新聞「ひととき」掲載

 「目医者に行ったら、私たちの病気は研究が進んでいるから、あと7、8年もしたら見えるようになるって言われたんですよ」と、同病の方が明るい声で職場に電話をくださった。
 そういえば、最近テレビで、目にカメラを埋め込んで、脳に直接そのデータを送る実験をしているアメリカの医学レポートが紹介されたという情報も聞いた。「見えるようになった」という同病の人の喜びの声が放映され、反響をよんでいるらしい。
 私は、自分の網膜の病気については、これまでにも曖昧な情報が流れたので、冷静に受け止めなくてはと思った。それでも、日盛りの道を盲導犬のネルーダと帰りながら、私の頭の中では、見えるようになったらという空想と、まさかなあと打ち消す気持ちが行ったり来たりした。
 もし見えるようになったら、真っ先に見たいものは何だろう… 夫と息子たちと大好きな人たちの笑顔が見たい。1度でいいから、母の手をとって楽しく旅をしたいと思った。一人で日傘をさし、軽やかに歩く自分を思い浮かべた。
 だけど、私が願い求めてきたのは盲導犬と障害のある仲間と共に歩むことだ。一人で歩けるようになったら、私は、いったいどこへ向かうのだろう。再び見える世界と見えなくなる恐怖の間をさまようことにならないだろうか。
 生命に人間が介入できるようになった現代社会。病気や障害をなくそうとする進歩の先に、障害者の存在そのものを否定する優生思想が見え隠れする。見えるようになりたいという望みは地球が回るほど自然なものだ。だが、求めれば求めるほど本来の望みから、離れてゆく気がしてならない。
 考え考え歩いていると、ハーネスを通して、ネルーダがぐっと体を低くし、さっと左へよけるのがわかった。はっとしてネルーダの動きに従うと、自転車が私の右肩すれすれを荒々しく走り抜けていった。
 「グッド、ネルーダ!」
 私が撫でさすると、ネルーダは私の足に尾がパタパタあたるほど、嬉しそうに尾を振った。
 やがて、家の前の急坂にさしかかると、坂の上から夫の声がした。
 「お帰りー!」
 私とネルーダは、息をはずませて一気に坂をのぼり、夫の腕に飛び込んだ。
 「ただいま!」
 やっと長い空想から我にかえった。見えない現実が、決して不幸でないことが嬉しい。
 まぶたに映る夫の笑顔は、今も私が失明した25才のままだ。