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里枝子のエッセイ

手をとって導いていただいた広い世界

游話舎10周年記念誌掲載/游話舎発行(2010年4月)

 私にとって岩崎信子さんは、恩師であり、あこがれの人であり、姉のように慕う方です。そして、岩崎さんが結んでくださった方々とのご縁は、私の宝物です。
 私がSBCラジオのアナウンサーだった岩崎さんに出会えたのは、20年前のことでした。岩崎さんは最初、盲導犬の取材のために私の家に来て、私たちが様々な障壁に直面していることを知り、ラジオにできることがあるのではと考えてくださいました。
 翌年から、岩崎さんの企画製作で、ラジオ番組「里枝子の窓」がスタートし、私はパーソナリティーとして初めて地域社会に参加し、発言するチャンスをいただきました。
 障害のある私たちが自分を十分に生かして働くためには多くの人の協力が必要ですが、双方を親身になってつないでくださる、たった一人の存在が、とても重要です。私にとって、それは岩崎さんでした。
 岩崎さんは游話舎を開いてからも、「里枝子の窓」の製作を続けてくださっており、番組は19年間続いています。その間に、ゲストや全県のリスナーの方々など、数えきれないほどの大切な出会いをいただきました。
 また、岩崎さんと盲導犬と共に、各地に取材の旅に出かけたことは、忘れられない思い出です。岩崎さんは、肩に重い録音機材をかけ、私の手をとって、どこへでも一緒に行ってくださいました。
 昨年、私たちが取材旅に行ったのは、諏訪にある「エプソンミズベ株式会社」の湖畔工場です。会社の責任者の方々の立ちあいのもとで、部署の違う3人の方にインタビューする難しい取材でしたが、たとえば私が、車椅子の方のしている精密な作業が見えずにいると、岩崎さんが私の目になって的確に説明してくださるのです。
 取材の後では、二人で諏訪湖畔の静かな公園に行き、細波の音を聞きながら、感想を収録しました。岩崎さんの故郷で、一つの丸太に並んで座って、初秋の風に吹かれて過ごした至福のひと時でした。
 そして、游話舎という開かれた場があり、志ある方々と学びあえますことは、私にとって大きな希望です。自分なりのものの見方、暮らし方をもち、平等で愛に満ちた人間関係をつくること。人の傷みを我が傷みとして、それをなくすために努力すること。恩師から手をとって教えていただいたひとつひとつを、私も少しでも血や肉にできるよう、皆様とともに歩みたいと願っています。