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里枝子のエッセイ

生かされて

点字毎日新聞「ひととき」掲載

   「貴女とご主人とのエピソードを聞いて、『ジェーン・エア』という小説を思い出しました。遠く離れた所にいる人が『ジェーン! ジェーン! ジェーン!』と叫んだ声が聞えるという場面です。人間はそういう奇跡、あるいは神の介在としか言いようのない一瞬一瞬が積み重なって生かされているのでしょうね。」
 長野県の小さな村の公民館で私の話を聞いた紳士が、こんな感想を伝えてくださった。そこでは、危機に直面したときに私を救ってくださった方々のことを語った。その中で夫との学生時代の思い出も、ひとつだけ語らせてもらった。こんな体験である。
 それは私が心身ともに最も弱りきっていた日だった。私は学生アパートの2階に住んでいたが、目を開けても部屋の中は白く霞んでいるばかりで、ついに見えなくなったとも感じた。体は熱く、ずっしりと重く、大石の下敷きになっているかのように、ベッドに仰向けになったまま身動きもできなかった。しかし、誰かに助けに来てもらえる見込みはなかった。それは春休みで、アパートの住民は誰もいなかったし、友人たちにも、実家に帰ると伝えてあったからだ。「死が近づくと、死神が体の上に乗り移ると聞いたけれど、今がその時だろうか。それならそれでいい……」と虚ろな意識の中で考えていた。
 その時にアパートの玄関をガラリと開ける音がして、階段をタッタッタッタと駆け上がってくる足音がした。「ああ、里枝ちゃん、どうしたの! 大丈夫!」
 すごい勢いで助けに来てくれたのが、当時は親しい友人であった夫だった。彼は私が実家に帰ると言っていたので、アパートにはいないと思っていたものの、それでも気がかりと会いたい気持ちもあって、アパートの前を通る度に、私の部屋の窓を見上げていたのだそうだ。ところが、その日も、いつものように窓を見上げると、それまで閉まっていた薄桃色のカーテンが、ほんの数センチ開いて見えた。それで、もしやと思って駆け上がってきてくれたのだそうだ。
 こうして私は救われた。あのとき、一条の光を求めて、ほんの少しカーテンを開けなかったら……、 そしてそのカーテンの隙間に気づいてくれる人がいなかったら、私はどうなっていたのだろう。生かされてきた人生を思い、静かに両手を合わせる聖夜である。