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里枝子のエッセイ

ジャスミンの北海道旅行記

広沢ジャスミン(代筆 広沢里枝子)

(「もらとりあむ No.40 夏草」掲載原稿)

 こんにちは。あたしは、里枝子さんの4代目の盲導犬のジャスミンです。ジャスミンの花みたいに、小さくて愛らしい女の子をイメージしてくださいね。

 あたしは、今年の5月14日から17日まで、里枝子さんと2人で北海道へ旅をしてきました。手つかずの素晴らしい自然が残る道東を巡る旅でした。あたしも、力いっぱいがんばったんですよ。なので、今回は、あたしが報告しますね。

 里枝子さんは、家族や友達との旅も大好きですが、一度あたしと2人だけで旅をしてみたかったんですって。でも、ただ行ったのでは、ようすがわかりませんから、何かいい方法がないかなと探していました。そんなおり、北海道の川上郡弟子屈町に、障害のある旅人も大切に迎えてくれる「ピュア・フィールド風曜日」というユニバーサルデザインのプチホテルがあることを知りました。弟子屈町には、ユニバーサルな観光地をめざして元気に活動している「UDプラザ」の皆さんもいて、観光のサポートもしてくださるとのこと。それならあたしと2人で行けるかも!と思ったのが、旅のきっかけでした。

 とはいえ、真一さんもお友達もいなくて、北海道まで行くなんて里枝子さんも初めてですから、できるだけ人の手を借りて、リレーみたいに安全に渡してもらえるように、念入りに計画を立てたようです。

 家から羽田空港までの行き帰りは、今回初めて空港タクシーを使いました。空港タクシーが羽田空港に着くと、スマイルカウンターのおねえさんが迎えに来てくれました。おねえさんは、手続きを手伝ったり、空港にできたばかりの補助犬トイレにも案内してくれました。この補助犬トイレは、障害者トイレみたいな個室で、床が金網になっていて、シャワーがついていました。あたしは、グレーチングの上を歩くときみたいに、足の裏がちょっとへんな感じでした。けれども、しばらく歩き回るうちに慣れて、排泄できました。

 飛行機では、座席の下が広く空いている席をとってあって、隣の席も空けてもらってあったので、あたしはゆったりと寝そべって過ごしました。飛行機を降りるとき、あたしたちは最後でしたから、あたしがお座りして、前を通るお客さんたちを見上げていると、お客さんたちは、みんな笑顔になって、「まあ、おりこう!」「めんこいなあ!」と口々に言いました。

 そして、女満別空港の到着ロビーでは、「風曜日」の三木亨(とおる)さん、和子(かずこ)さん夫妻が、にこにこ笑って出迎えてくださいました。「めったにない晴天ですから、ちょっと足をのばしましょうか。どこへ行きたいですか?」と尋ねてくださったので、里枝子さんは「オホーツクの海に触れたいです」と応えました。すると三木さん夫妻は、あたしたちを車に乗せ、北海道の雄大な景色を説明しながら網走へ向かいました。

 オホーツクの海では、真っ青な空の下、高い波が、轟きながら、次々と迫ってきました。里枝子さんは、あたしと一緒に貝殻を敷き詰めたような渚まで行って、オホーツクの海に手を浸けました。そのとき次の波がざざあっと来ましたから、あたしは里枝子さんをひっぱって飛びすさりましたけど、二人とも足を濡らしてしまいました。足がじーんとするくらい冷たい水でしたよ!去年行った、沖縄の海の温い水とは、ぜんぜん違いました。

オホーツク海の浜辺に立つ里枝子さんとジャスミンの写真

 この後、あたしたちは、一面ピンクの藻琴山(もことやま)で、満開の芝桜の甘い香りを楽しみました。それから、小清水峠を越えて弟子屈町に入り、摩周湖に行きました。

 弟子屈町は、町全体が昔の噴火でできたカルデラの中にあって、その中に、摩周湖と屈斜路湖という二つの美しい湖があります。「風曜日」は、摩周湖に一番近いホテルで、牧草地の中にありました。

 弟子屈町は、人の数より、牛の数のほうが多いんですって。あちこちに大きな牛がいましたし、道端に蝦夷鹿や北狐がいました。亨さんは、珍しい動物や鳥がいると車を止めてくださったので、里枝子さんとあたしは、窓を開けて覗きました。蝦夷鹿は、ざわざわと熊笹を分けて逃げて行きましたが、北狐は、座ってじっとこちらを見ていたので、あたしも怖がらずにじっと見返しました。「おねだり狐」と言って、人間から何かもらえるのを待っているんですって。何ももらえないとわかると、つまらなそうにごろんと寝転んだりして、なんだか犬みたいでした。

 「風曜日」には、3泊しました。あたしが一番活躍したのは、ホテルの中だったろうと思います。ロビーが広くて、里枝子さんは、最初のうち、へんな方向へ向かって指示を出すので、ちょっと戸惑いました。でも、あたしは、すぐにあたしたちの部屋を憶えて、里枝子さんが「ハウスドア」と言うと、どっちに向かって指示を出されても、すいっとドアまで連れていってあげられるようになりました。あたしがドアのノブに鼻をつけて教えると、ロビーから見守っている三木さん夫妻が、いつも拍手をしてくださるので、あたしは得意になって、しっぽをぶんぶん振りました。

 ところで、三木さん夫妻は、見えない人たちのことをよくわかっているなあと感心することがたびたびありました。たとえばオホーツクの渚に立ったとき、和子さんは、里枝子さんの手をとって、左から右へと大きく動かしながら「左手に網走の街が見えます。前には、このようにオホーツクの海が広がって、はるか向こうには雪を冠った北方の島影が見えます。右手には、知床半島。その向こう側には、ここからは見えませんが、太平洋があります」と教えてくださいました。和子さんは、他にも丁寧に説明してくださったので、里枝子さんは、北の海の大きな風景を思い浮かべました。でも、子供の頃から色弱で、地図が苦手な里枝子さんは、今、北海道のどの位置に自分が立っているのか思い描けなくて残念と言いました。すると次の日、亨さんが、木の板に北海道の地図を彫って、ピンを指し、さわれる地図を作って、里枝子さんに旅の行程をすべて説明してくださったのです。里枝子さんは、板に彫った地図に触りながら、歓声を上げていました。

和子さんと里枝子さん、ジャスミンの写真

 さて、旅の2日目からは、「UDプラザ」の皆さんが、交代交代にやってきて、あたしたちをお友達みたいにサポートしながら、あちこちへ連れていってくださいました。そんな思い出のうち、晴天に恵まれて弟子屈の大自然を満喫した2日目のことを中心に、ここからはお伝えしますね。

 その朝、弟子屈UDプラザの3人のおねえさんたちが、里枝子さんとあたしを「風曜日」に迎えに来てくれました。あたしがハーネスをつけて、里枝子さんをおねえさんたちの前へ誘導すると、おねえさんたちは「ジャスミンちゃん、今日はよろしくね。ジャスミンちゃんに触ったりして、お仕事の邪魔をしないように気をつけるね」と言ってくれました。あたしは、おねえさんたちの明るい顔を見上げながら、ぱたぱたしっぽを振って応えました。

 あたしたちは、おねえさんたちと一緒に車に乗って賑やかに出発しました。あたしが車の窓から眺めると、なだらかな山には、辛夷の白い花が咲き、エゾ山桜がちらほら咲いていました。野原には、タンポポやつくしが顔を出し、灰色や白の景色の中に、若草の緑が広がっていました。道路は広くて、ほとんど信号がありませんでした。

 車が最初に向かったのは、弟子屈町の川湯地区にある硫黄山でした。硫黄山は、今も火を噴く活火山で、レモン色の岩肌から、白い噴煙をもくもく吹きあげていました。

 車を降りてから、あたしは、里枝子さんを案内して、月面のようなごつごつした岩山を縫うように登りました。しばらく登ると、急勾配になり、卵の腐ったような独特の臭いが鼻を突きました。

 そのとき、里枝子さんが、足をずずっと滑らせたので、あたしは四肢を踏ん張って、「ここから先は行っちゃだめ!」と、「利口な不服従」をして里枝子さんを止めました。

 それなのに里枝子さんたら、「じゃあ、ジャスミンはここでおねえさんと待っていて」と言って、一番若いおねえさんにあたしを預けて、他のおねえさんの腕に掴まって、危ない岩山を更に登りはじめたのです!あたしはびっくりして、「キューン!キューン!」とせつない声で鳴きました。

 里枝子さんは、案内してくれていたお姉さんと一緒に、あわてて戻ってきましたけれど、今度は、リードだけを持って「ジャスミン、カム」と言って、あたしが後ろからついてくるようにしました。里枝子さんが行くからには、あたしも行かなくてはなりません。

 ところが、ぐつぐつと煮えたっている硫黄の蒸気の噴出孔のきわまで行ったときに、あたしたちは、いきなりぼわっと、ものすごい熱風に煽られました。里枝子さんが「うわっ!」とのけ反るより早く、あたしは里枝子さんをひっぱって、だだーっと安全な所までバックしました。里枝子さんは、「ああ、ジャスミン、悪かったねえ・・・」とすまなそうに言いながら、あたしの頭を撫でました。そして、硫黄山を下るときは、慎重にあたしの誘導に従いました。

 次に、あたしたちは、屈斜路湖畔にある「メジェール牧場」に行きました。里枝子さんは、あたしを牧場が見わたせる所につないでから、長靴を履き、カーボーイハットを被って、意気揚々と牧場へ出て行きました。里枝子さんは、インストラクターの女の人のサポートで、道産子の未来さんにブラシをかけ、未来さんと馴染むと、さっそく背中に乗せてもらいました。未来さんはお婆さんですから、里枝子さんを乗せるなんて重たくないかなあと、あたしは心配でしたけれど、未来さんは、おとなしく里枝子さんを乗せて、ぽっくりぽっくり歩き出しました。里枝子さんは、未来さんの背中に乗ってあたしの前を通るときに「ジャスミン、いい子で待っててねー!」と言いました。でも、里枝子さんは、馬の手綱を一人でとるのは初めてだし、どんどん森に入って行ってしまうので、あたしは気が気じゃなくて、立ち上がって、いつまでも里枝子さんの背中を見送っていました。

 未来さんは、森を抜けて屈斜路湖のほとりに着くと、里枝子さんを乗せたままぐうっと首を下げて、透き通った湖の水をキュルンキュルンと音をたてて飲んだそうです。未来さんが里枝子さんを乗せて森から戻ってきたとき、あたしは、牧場の小さなお嬢ちゃんにお腹を撫でてもらって、ごろんごろんしてはしゃいでいました。里枝子さんは、おねえさんたちからあたしの様子を聞いて、あらあらと思ったそうですけど、自分も未来さんと気持ちよく散歩してきたところだったので、あたしを叱れなかったらしいですよ。

里枝子さんが乗った馬が屈斜路湖のほとりで首を下げて湖の水を飲んでいる写真

 あたしたちは、レストランで一休みした後、午後には、屈斜路湖へカヌーに乗りに行きました。カヌーのガイドの男の人は、なんとあたしたちの住んでいる東御市出身の人でした。

 里枝子さんは、ライフジャケットを身につけて、1本の長いパドルを手に持って、小さな赤いカヌーの先頭に勇ましく乗りました。そしてあたしを振り向いて「ジャスミン、カム」と呼んだので、あたしは、一瞬もためらわずに、ぴょんとカヌーに飛び乗って、里枝子さんの後ろに伏せました。その後ろにガイドさんが乗って、里枝子さんにパドルのこぎかたを親切に教えてくれたので、カヌーは、コバルトブルーに広がる湖へと滑りだしました。

カヌー体験をする里枝子さんの写真

 カヌーは、屈斜路湖から釧路川の源流に入り、ゆったりと下っていきました。川の両側には緑の原生林が広がり、聞こえるのは川のせせらぎと鳥のさえずり、パドルをこぐ音だけでした。

 カヌーが、倒木の下をくぐるとき、木の枝があたしの顔に当たったので、あたしは1度ぱっと立ち上がりました。すると里枝子さんが「ジャスミン、ダウン」と言ったので、あたしは、また伏せました。そして、水鳥の夫婦が水を跳ね飛ばして遊んでいるのを眺めたり、翼を広げると2メートルもあるオジロワシが滑空していくのを眺めました。

 この日の夜は、「風曜日」のロビーにUDプラザの皆さんや、弟子屈町役場の観光課の人たちなど、10人ほどが集まって交流会を開いてくれました。UDプラザの皆さんは、年齢も職業もさまざまです。それぞれの得意なことを生かしながら協力しあって、弟子屈町を訪れる障害者の旅のサポートを一生懸命しています。最初は、車椅子マップを作る活動から始めたそうですが、さまざまな観光客を案内していくうちに、お店の人が、入口の段差にスロープをつけてくれたり、使いづらかった障害者トイレを直してくれたり、街全体のバリアフリーが進み始めているそうです。

交流会でフラダンスをする里枝子さんの写真

 里枝子さんは「UDプラザのような活動が全国に広がったら、私たちも、安心してどこへでも旅に行けます。私達にとって、旅に行けることは、人生に目標が持てることでもあるんです。地方では、障害者が街へ出て行くことが難しくて、そのために益々バリアがなくならないということがありますけれど、地方でも、障害のある観光客を積極的に迎えて案内することで、こんなふうに誰もが暮らしやすい街づくりをすすめられるんですね!」と感激して言いました。そして、感謝の気持ちをこめて「夢和讃」というごぜ唄を全力で唄いました。唄い終わると大きな拍手をいただいて、最後は、みんなでフラダンスを踊りました。みんな、とびきりの笑顔でした。

 さて、里枝子さんは、他にも、阿寒湖温泉でアイヌ料理を食べたり、アイヌ音楽を聞くなど、さまざまな経験をしましたが、あたしの北海道旅行記は、今回は、ここまでです。

 里枝子さんは、「またいつか北海道へ行きたい!みんなに会いたい!」と言っています。あたしたちはこれから先、どこまで行くことになるやら、見当もつきませんが、里枝子さんの行く所、たとえ火の中、水の中、あたしはどこまでも行きますよ!だってあたしは、里枝子さんの笑顔を見るのが大好きなんですもの。

ピュア・フィールド風曜日
摩周湖に一番近いユニバーサル・デザインのプチホテル。
http://www.kazeyoubi.net/"