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里枝子のエッセイ

ジャスミン、明日に向かって歩こう(3)

(「信州発産直泥つきマガジン たぁくらたぁ40号」掲載)

盲導犬と北海道一人旅

 私は、オホーツク海の波の轟きを聞きながら、ジャスミンと一緒に貝殻を敷き詰めたような渚を歩いた。冷たい海水に手を浸したとき、ジャスミンが、ぱっと飛び退って、次の波が寄せて来たことを伝えたので、私も急いで後ずさりした。
 付き添っていた「ピュア・フィールド風曜日」の三木和子さんが、私の手をとり、左から右へ大きく動かしながら「左手に網走の街が見えます。前には、このようにオホーツクの海が広がって、はるか向こうには雪を冠った北方の島影が見えます。右手には、知床半島。その向こうには、ここからは見えませんが、太平洋があります」と教えてくださった。和子さんの丁寧な説明を聞きながら、私は、北の海の雄大な風景を思い描いた。
 これは、今年の5月にジャスミンと北海道へ初めて1人旅をしたときの思い出の一つだ。手つかずの大自然の残る道東を巡る旅だった。
 旅のきっかけは、北海道の川上郡弟子屈町に障害のある旅人も大切に迎えている「ピュア・フィールド風曜日」というユニバーサルデザインのプチホテルがあることを知ったことだった。弟子屈町には、障害者の旅のサポートに取り組む「UDプラザ(てしかがえこまち推進協議会ユニバーサルデザイン部会)」の仲間も居て、観光のサポートもしているとのこと。観光には、観光移動料金がかかるが、自由にプランを組み立てられるので、これなら必要なサポートを受けながら、一人旅ができるのではないかと胸が弾んだ。
女満別空港に着くと、「風曜日」の三木亨さん、和子さん夫妻が、出迎えてくださった。この日、私は、夫妻の車に乗せてもらって、最初に網走に行ってオホーツク海にふれ、藻琴山で満開の芝桜にふれてから、小清水峠を越えて弟子屈町に向かい、摩周湖に行った。
 三木さん夫妻は、人のニーズを受け止めて柔軟に対応できる方達だなあと、たびたび感心した。私は、北海道の地図がよくわからないので、自分がいる位置が思い描けなくて残念と話した。すると亨さんは、木の板に北海道の地図を彫って、ピンを刺し、立体の地図を作って、私にそれを触らせながら、旅の行程を説明してくださった。
 また、2日目からは、「UDプラザ」の皆さんが、交代でやってきて、私達を友人のようにサポートしながら、更にあちこちへ案内してくださった。弟子屈町では、硫黄山の噴気口まで徒歩で登ったり、屈斜路湖半で乗馬を楽しんだ。釧路川の源流では、ジャスミンとガイドさんと一緒にカヌーに乗り、自分でカヌーをこぎながら原生林の中をゆったりと進んだ。阿寒湖温泉や釧路湿原などの景勝地を観光し、アイヌ文化にもふれた。
 「UDプラザ」の皆さんは、年齢も職業もさまざま。得意なことを生かしながら協力しあって、弟子屈町を訪れる障害者の旅のサポートをしている。さまざまな観光客を案内するうちに、お店の人が、入口の段差にスロープをつけたり、使いづらかった障害者トイレを直したり、街全体のバリアフリーが進みはじめているそうだ。
 「UDプラザ」のような活動が全国に広がったら、私達は、より自由に旅ができることだろう。私達にとって、旅ができることは、人生に喜びや目標が持てることでもある。地方では、公共交通機関を利用しにくいことなど、さまざまな理由で障害者が出て行きにくく、出て行く障害者が少ないために、益々バリアがなくならない実情がある。だが、地方でも、障害のある観光客を積極的に迎えて案内することで、このように誰もが暮らしやすい街作りを進められることがわかって希望を抱いた。
 その後、7月に友人が、私と盲導犬と泊まれる宿を探して近くの温泉地の観光会館に問い合わせた。そして、31軒の宿のうち、半数以上の17軒が、補助犬との宿泊を認めていないことを示す×印だらけの一覧表を受け取った。「身体障害者補助犬法」では、全ての宿泊施設は、補助犬を拒否してはならないことを規定している。そこでこの温泉地のホテル・旅館連合会で、県の担当者が、改めて補助犬法の説明をすることになった。
 しかし、弟子屈町の積極的な取り組みと比べると、いかにも残念だ。現在、障害者や高齢者は人口の3割以上を占める。そのニーズに応えてユニバーサルな観光地作りを進めることは、観光地を甦らせることにもなるだろう。北海道の小さな町、弟子屈町の皆さんの取り組みに学べることがあるのではなかろうか。