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インタビュー「私と仕事」

第2回 東部町役場高齢者係 丸山邦子さん 2004・1

 今回は私の大切な友達、丸山邦子さんを紹介します。車椅子を軽やかに操りながら、いつもそっと傍らに来て優しく声をかけてくれる邦子さん。ひたむきで思いやり深い邦子さんにお会いすると、真っ白な花を見るような心洗われる気持ちになるのです。

 丸山邦子さんは1961年生まれ。小県郡東部町在住。両親と叔父様、弟さんとの5人暮らしです。高校生の時に器械体操で負傷。脊髄性の麻痺による体幹障害のため常に車椅子を使うようになりました。7年間の入院と2年間のリハビリテーションを経て、27才の時に東部町役場へ就職。現在は15年目になります。医療福祉センター高齢者係で在宅福祉を担当。

里枝子
「邦子さんは、退院してから埼玉県の国立身体障害者リハビリテーションセンターへ行ったのよね。主にどんな職業訓練を受けたんですか?」
 
丸山
「職業リハビリテーションセンターでは経理事務科へ行ったんですが、簿記を少し勉強しただけで、経理事務はほとんどやらないで、パソコンを一生懸命やっていた気がします。日本雇用開発推進協会でやっているアビリンピックっていう技能オリンピックがあって、そこに埼玉県の代表で出していただいたんですよ。パソコンで一太郎などをやってたのが幸いして、埼玉県で1位になれて、全国大会にも行かせてもらったの」
   
里枝子
「わあ、初めて聞いた!」
 
丸山
「ただ、当時の私は半日も座っていられなかったんです。でも、就職したかったし、座っていられないってことをあまり言えなかったの。だから、リハビリセンターのトイレにアイロン台をいつも置いておいて、具合が悪くなるとトイレに行って。トイレと車椅子の間にアイロン台を橋渡しして、そこに横になっていたの。10分でも横になれると続くから」
 
里枝子
「役場に勤め始めた時は、もう起きていられるようになっていたの?」
 
丸山
「いいえ。でも、障害者福祉担当のAさんに15分ぐらい横になれれば続きますってお話した中で、お昼の休憩と10時と3時に15分休憩時間があるから、その時間、横になれる場所があれば大丈夫かなって聞いてもらって。その場所として更衣室を確保してもらったの。Aさんは褥創の心配もしてくださって、その時間はちゃんと休んでねって言ってくださったのね。だから、お客様がみえて休みに行かれなかった時も、休んで来た?って、常に聞いてくださった。係長も、Aさんが以前障害者の施設におられ、こういう風にした方がいいって引っぱってってくれたし、邦ちゃんもちゃんと自分で伝えられるから困ったことはなかったって、異動する時に言ってくださったと思います」
 
里枝子
「じゃあ、役場に勤め始める中でキーパーソンになってくれたのはAさんなのね。あたたかい瞳で応援してくださるキーパーソンの存在ってすごく大切よね」
 
丸山
「本当にそうなの。とにかくお勤めしたいっていう強い気持ちがあったのね。でも、Aさんが同じ係にいなかったら、私続いていなかったと思う」
 
里枝子
「邦子さんご自身も、命がけの挑戦だったんじゃない?」
 
丸山
「うん、本当に。帰ってきたらまず横になり、ご飯も起きて食べることができななかったの、それは何年も。仕事に全部体力を使ってしまっていたから…。それでも入院することなく来れたのは、それだけ皆さんに支えてもらってたと思うの」
 
里枝子
「職場の皆さんのさりげない協力があったのね。他に15年もお仕事を続けてこれた元は何だったと思う?」
 
丸山
「一番は家族が支えてくれたと思うんです。当時は家から出るのも、おぶって車に乗せてもらっていたから。あと、自分が障害を受けた時に役場の方とか、色々な方に支えてもらってきたけれど、自分が、福祉係という皆さんにお返しできるような立場に行かせてもらったでしょ。だから、親身になって困っている人の役に立ちたいっていう気持ちが強かったと思うのね。それで喜んでいただけたことも励みだったかもしれない」
 
里枝子
 「ご苦労いただいてるんだなあ。毎日お仕事は何時から何時までですか?」
 
丸山
 「朝は9時からです。夕方は4時半までです。」
 

丸山邦子さんは、より専門性をもって援助に当たれることを目標に、働きながら佛教大学社会福祉学科で7年間に渡って勉強を続けています。最終試験が受かれば卒業になるとのこと。最後に通信教育を受けての感想を伺いました。

丸山
「たくさんの人が、働きながら学んでいるってことがすごく驚きだったし、障害をもった人も大勢学んでいたの。試験会場やスクーリング会場に車椅子用のトイレがなかったりアクセスが悪かったりてことはあったけれども、7年やってきた中でも、試験会場にトイレができたり、トイレのある場所を会場にしてくれる動きもあったし。障害があっても、やりたいって気持ちがあれば、答えてくれる人とか、一緒に考えてくれる人がいるんだってことがわかって、すごく自分の力になりましたよね」
里枝子
「そうやって、周りの人と一緒に道を開いてきたんだね。初めて聞くお話ばかりでした。邦子さん、ありがとう」

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