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第5回 ふれっ手(ふれっしゅ)所長 前野弘美さん 2005・9
平成16年2月に開所した障害者の通所授産施設『ふれっ手(ふれっしゅ)』を訪ねて、所長の前野弘美さんにお話を伺いました。
『ふれっ手(ふれっしゅ)』は『社会福祉法人 長野県視覚障害者福祉協会』が運営する施設で、松本市の信州大学の南側にある3階建ての新しい施設です。
前野さんは、明るい穏やかな様子で、盲導犬のピートと一緒に、私と私の盲導犬ネルーダを玄関まで迎えに来て、館内を先に立って案内してくださいました。館内はバリアフリーで点字ブロックが必要な所に敷設されています。ここでは視覚障害を主とした様々な障害をもつ人々が作業をしていて、ちょうどプールから賑やかに帰ってきた方たちがいました。
この新しい授産施設で所長として皆さんに慕われている前野さんは現在47才。今の視力は、わずかに光を感じる程度だそうです。「これまで僕は福祉の専門家ではなくてね。ちょっととまどいもありました。でも、福祉をずっとやってきた人とは、また違ったこともできるといいのかなと思うのです。」と語る前野さん。大学では電気工学を専攻し、卒業後は「元庄屋(もとじや)」に就職。27才の時に視力低下のため、一旦退職して松本盲学校理療科へ進み、卒業後に復職。『ふれっ手(ふれっしゅ)』の開所に当たって、所長に就任されました。
- 里枝子
- 「ここは広々していて、スタッフの皆さんの雰囲気も和やかで、気持ちの良い施設ですね。『ふれっ手(ふれっしゅ)』という名前には、どんな意味がこめられているんですか?」
- 前野
- 「『ふれっ手(ふれっしゅ)』の名前には、手と手のふれあいを大切に、いつも新鮮な気持ちで、という意味があります。『ふれっ手』の成り立ちは、盲聾のFさんという盲学校卒業を前にした青年が、卒業後は地域で生活することを選んだことに始まります。『Fさんを囲む会』が創られ、それが『松本盲ろう者(盲重複障害者)を囲む会』に成った時に拠点となる作業所として『ふれっ手(ふれっしゅ)松本』が開かれました。それが『ふれっ手(ふれっしゅ)』の全身です。今、その会は『長野県盲聾者友の会』になって、事務局をここに置いています。情報のやりとりや人とのふれあいは、みんな指文字など、手を介して行なわれました。その手の温かさという意味が『ふれっ手(ふれっしゅ)』には含まれているようです。」
- 里枝子
- 「『ふれっ手(ふれっしゅ)』では、相談部門も大切に考えているそうですね。それは前野さんご自身が視力を失う中で体験されたことと重なるところがあるのでしょうか?」
- 前野
- 「目が悪くなった時に一番悩んだのは、どこへ相談していいかわからないということだったんです。僕の目の病気がはっきりしたのは26才の頃でしたが、この病気は進むのかどうか、仕事を続けて大丈夫なのかどうか、そういう相談を受けてくれる人がどこにいるかわからなかった。今ここを利用されている方でも、実際に目が悪くなったり、体が悪くなった時に、相談相手がいなかったという方は多いです。たまたま看護婦さんから『ふれっ手(ふれっしゅ)』という施設ができたと聞いたからというふうに来られるんです。そういう意味で、うちは相談事業をやりたいと考えて、事業内容としてパンフレットにも歌っています。ですが、ここでそういう事業をしてるってことが本当に必要としている人に、なかなか届きません。眼科の先生を回ってみようかと時々話し合っているんです。一番つらい時の一日は、一日千秋というほど、長く感じると思うんですよ。」
- 里枝子
- 「長野県でも、眼科で失明を宣告するのと同時に、どこに相談に行けば良いのかを教えてもらえるようになるといいですね。ところで、『ふれっ手(ふれっしゅ)』の授産部門では、どんな仕事をしていますか?」
- 前野
- 「『ふれっ手(ふれっしゅ)』は人を大切に、環境にやさしく、物を大切にというこだわりを持って活動をしています。授産には三つの部門があります。一般と呼ばれる部門では、自主製品として布の再生製品である『布れって織り』、『ぞうりっぱ』、古紙の再生の『はっちぃ』、牛乳パックを使った『スツール』や『カードケース』などを作っています。『布れって織り』は着物などの生地を細く切った物を織り上げた製品でバッグや座布団、敷物などがあります。『ぞうりっぱ』は“わらじ”を布で編んだものです。『はっちぃ』は紙で出来た植木鉢の形をした器で、植木鉢にも小物入れにもなります。あと純石けんや化粧水、ハンドクリームなど無添加でアレルギーやアトピーの有る方も使える製品の委託販売そして、地元産の大豆など減農薬生産物を選別と袋詰めをして販売しています。情報部門は名刺作成、会報などの作成と印刷、名刺への点字印刷をしています。残る部門がマッサージ・はり・きゅう部門です、この部門は『ふれっ手(ふれっしゅ)』の特徴の一つと成りますが、国家試験の免許を取得した人が従事できる仕事です。免許を取得しても開業や就職の出来ない人が居られますが、その様な方が患者さんとの関わり、会話などの経験を重ね地域への就労をめざしながら治療の仕事をしています。一般と情報に関しては更に仕事を開発して行く必要が有ります。
- 里枝子
- 「利用者の方々の様子はいかがですか?」
- 前野
- 「僕も一人一人話をするんですが、聞いた中では、『ふれっ手(ふれっしゅ)』に来るとすることがあるからいいって言いますね。ここには自分の居られる場所があるから、とても嬉しいと言う話を聞きます。それと、『ふれっ手(ふれっしゅ)』って所は色々な人がいるんですよ。障害の種別も多く、年齢層も18才から72才まで。中途障害の方では、社会経験を積んだ上でここへ来てる方も多いので、同じ障害の方が多く集まっている施設とはぜんぜん違った、他では味わえないような刺激があるのかなと思います。ある知的障害の方は、視覚障害の方が階段の近くを歩いてたら、近づいてきて手を添てくれたり、道を横断するときに安全を伝えたりしました。『教えないのに、あんなことできる様になるなんて』って、みんながびっくりしてたんです。『ふれっ手(ふれっしゅ)』の環境は、本当に地域の縮図みたいです。」
- 里枝子
- 「前野さんたちスタッフが、支援の中で心がけているのはどんなことですか?」
- 前野
- 「僕はここに来て、まだ1年半ですが、支援って行き過ぎてもいけないし、足りなくてもいけないと思うんですよね。その人にとって何かをするためのいい機会を、手を出しすぎて奪ってしまってはいないかってことが、時々話し合いに出ます。ここでは一人一人の障害が違うので、利用者さん同士、声をかけたり、ちょっと手をかして車いすを押したりということがあるわけです。だから、そういうことが自然に出てくるように、ちょっと様子をみるとか、自分たちで考え合えるようにしながら、覚えていってもらえるといいなあと思います。まあ、気長なことなんですよ。」
- 里枝子
- 「職員の間でも、ずいぶん話し合いをしながら進めているようですね。」
- 前野
- 「ええ、常に話し合いをしましょう、良いことはすぐにやろう、というのがうちの方針です。また『生かそう伸ばそう輝く個性』というのが支援の考え方なんですよ。良い所がもっと延びて輝けば、悪い部分も良くなっていくでしょう。これができないから、まずこれをできるようにしましょうというやり方は、僕自身が好きじゃないんです。」
- 里枝子
- 「ところで、雇用主が視覚障害者の雇用を考える場合、どうやって移動するんだろうとか、事務処理はできるんだろうかとか、そういう所から心配になる場合があると思うんです。そのへんを前野さんは、どうこなしているのか、少し教えてもらえますか?」
- 前野
- 「移動については、慣れれば覚えてしまうんです。だから、机の隙間の広さとか、階段の位置とか、わかるわけです。困るのは突然置かれた物。普段無い所には物を置かないようにしたり、置いたらそこにあることを伝えていただくと、気をつけて近づいて避けることができます。データになった文書のやりとりについては、ほとんど音声化ができるので、伝達や報告書作成も、活字で作ることが可能です。ただ、所定の書式の書類への記入とか絵や写真そして手書きの書類などは見て頂かなくてはなりません、ここは福祉施設ということで、印刷物が山のように送られてきます。CDで送ってよって言いたいくらいなんですけど。こんどヒューマンアシスタントをつけて仕事の補助をして頂きたいと思って、これから申請を出すつもりです。アト、話をしている時に中座をするときなど声をかけていただきたいですね。誰も居ないところで話している、なんて事になります。(笑い)」
- 里枝子
- 「最後にお聞きしたいのですが、前野さんにとって仕事とは何でしょうか?」
- 前野
- 「仕事とは、している事が、誰か人のために成っている、または人のために成るであろう事をする事でしょうか。職員や利用者の方々が共に『ふれっ手(ふれっしゅ)』の事を考え私と一緒に創り上げてゆくと言うように、気持ちが一つに成ったと感じられるときにやり甲斐を感じますね。それが仕事を継続してゆく力にも成っています。
身体障害者通所授産施設ふれっ手(ふれっしゅ) 電話0263(36)0365
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