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講演記録
わたしたちの社会は、障害がある人やお年寄りに十分配慮されているとはいえません。暮らしや、仕事の中でさまざまな障壁(バリア《Barrier》)にぶつかります。これを取り除こうという動きが「バリアフリー《Barrier free》」です。 「バリアフリー」について広沢里枝子さんのお話を通して、考えてみましょう。 わたしの盲導犬は、いつもわたしの目になって道案内をしてくれています。とっても元気な盲導犬で、名前はドロシーと言います。東京のアイメイト協会というところで、訓練をうけました。 盲導犬は、体に白いベルト「ハーネス」というものをつけています。 こういう白いハーネスをつけている盲導犬は、かみつくことはありませんので、「犬はこわいな」という方も、「盲導犬は目が見えない人の目になって働いている犬なんだ」ということをわかっていただけたらと思います。 それから、盲導犬に対する接し方としては「さわらない、声をかけない、食べ物を与えない」ということをぜひ、お願いしたいと思います。どうしてかというと、目が見えない状態で外を歩くと、危険なものがたくさんあります。急に溝があいていたり、看板があったり、車がとめてあったり、車が走っていたり。そういうところで盲導犬が、障害物をよけたり、段差のあるところを止まって教えたりして、わたしたちの安全を守っています。もし、盲導犬の注意が主人から離れてほかの人の方に走りだし、車が来たらどうなるでしょう。あるいは、段差で止まるのを忘れたら、わたしたちはころげ落ちてしまいます。そういう意味では命を預けているという関係なんで、ぜひ、集中できるように盲導犬に対しては「温かい無視」をお願いします。 町の中で「あなたはここのレストランには入れませんよ」というふうに断られたとしたら、「おかしい」と思いますよね。けれども、車いすを使っている方たちは、町の中でも利用できないお店がとても多いです。利用できるところのほうが少ないくらいです。それは、入り口に段差があったり、入り口が車いすの幅より狭かったりということなんですが、足が不目由だからしようがないということではないと思うんです。もしそこにスロープをつけてくてあったら、もしその入り口で介助してくれる人がいたら入れるのに、という状況があるのです。 そういうことは、みなさんのすぐそばにある差別ですよね。壁ですよね。そういうものに対しても、ぜひ、問題意識をもって見直していただきたいと思います。 ある夏7、8月とわたしは、白いつえを使って2ヵ月間歩いてみました。その中で気づいたこと、みなさんにお願いできたらなと思ったことを、お話ししたいと思います。 わたしはその夏、肩を痛めて、左の腕が脇から離れないくらい痛くなってしまいました。それで訓練所と相談して、2ヵ月間ドロシーを預かってもらって、その間に腕を治そうということになりました。 けれども、ドロシーを手放してしまったら、また前と同じように本当に家から一歩も出ることができません。 それでは、治療にも行けませんし、肩が治らなければ、ドロシーにも帰ってきてもらえないし、ということで、上田の点字図書館の歩行訓練士の方に訓練をお願いしました。 そして、治療院までの道、買い物に行く道、それから、上田のふれあいセンターから駅まで行く道の歩き方を教えてもらいました。 白いつえというのは、人差し指を伸ばして持って、肩幅よりちょっと広く振りながら、指が長くなったというふうな感じで、道を確かめながら歩いて行きます。教えていただいたことによると、とにかく歩道から車道の方へ出ると危ないので、道のはじにそって塀が立っていれば、塀にちょんと当ててゆっくりとつえを動かして、また塀に当てて、つえを動かして、塀のないところでは、コンクリートと地面の間のちょっとした段差になっているところを足の裏で感じながら、そしてつえで確かめながら歩いて行きます。 ところが、上田市内を歩くようになってから、何度かこわい思いをしました。市内の白いつえを持って歩いていらっしゃる方たちが、「とても歩きにくいんだよ」とおっしゃっている理由が実感としてわかりました。 上田駅から原町への大きな通りには広い歩道ができていて、点字ブロックがありました。 ずいぶん考えていただいて、歩きよくはなっているんです。これなら大丈夫だろうと思って、点字ブロックの上をずっと歩いていくと、驚くほどいろんなものが置いてあるんです。特に困ったのは自転車です。つえは下の方しか確認できないので、つえが当たって自転車だと気づいたときは、もうハンドルが体に当たって次々にたおれてしまったこと、あるいは人がいっぱいかたまつひて、よけているうちにどこが点字ブロックだったのかわからなくなってしまうことが何度もありました。 点字ブロックは二種類あるんです。線の形になったブロック《誘導ブロック》は、目の見えない人が片足をおいて、ここなら安全という道しるべです、丸い点々のあるブロック《警告ブロック》は「そこを出たら車道になりますよ」というような危険を表している目印のブロックです。 どちらも目が見えない人にとっては命づなになっている大事なものです。自転車などをおくときも点字ブロック上を目が見えない人が通ることを考えて、おいていただければありがたいなと思いました。 それから、中央2丁目のスクランブル交差点でのことです。 「音響信号があるので大丈夫だろう」と思って渡り始めました。ところが、音楽が終わってもどこにもつかなかったんです。びっくりしました。自分がどこにいるのかわからなくなったのです。 そのときに後ろから男性の方が走ってきてくださって、道を渡してくださいました。 「どっちへ行くつもりでしたか」とおっしゃったから、「真っすぐ渡るつもりでした」って言ったら、「いや、ななめに来ていますよ」と教えてくださいました。 目の見えないわたしたちは、音響信号のない交差点はもちろんですが、音響信号があっても向こう側まで安全に渡れるとは限りません。 ほかにこわい思いをしたのは、ふれあいセンターです。慣れた場所なんですけれども、人にあいさつをして、ちょっと向きを変えたときにストンと階段からころげ落ちてしまいました。 そのときに、白いつえを使って普段から活発に歩いている方たちが、毎年のように駅のホームから落ちて亡くなっている理由がよくわかりました。 駅のホームは一歩踏みはずせば命にかかわるとても危険な場所です。点字ブロックがあっても人や物をよけるうちに、自分が方向をちょっと思い違いしてしまえば、何を表しているのかがわからなくなるのですね。 階段を降りるつもりで、駅のホームから落ちてしまったり、ドアだと思うて入ろうとして、電車の連結部に入ってしまったり、それで亡くなる方たちがいます。 先日、わたしのラジオ番組に、東京に住んでいる目の見えない学生の方がお話しに来てくださったのですが、その方も駅のホームから落ちたそうです。「落ちてからは人が来てくれたけれども、落ちるまではみんな見ていたんだろうに、だれも教えてくれなかった」と、とっても残念そうにおっしゃっていました。 そこで、お願いがあります。皆さんから見て、「迷っているんじゃないかな」「困ってるんじゃないかな」と思うとき、それから、危険なときや危険な場所で目が見えない人を見かけたときに、ぜひ「手伝いましょうか」とか「一緒に行きましょうか」とか、どんな言葉でもけっこうですので、声をかけていただけたらと思います。元気に普通に歩いているときは、心配いりません。でも、手助けを必要としているのかしていないのかわからないときは、「手伝いましょうか」って聞いてください。 必要のないときには、「けっこうです」と言うこともあると思います。そのときは大丈夫なんだなって思って安心してください。 また、「お願いします」と言われてどうしていいかわからないときは、本人に「どうしたらいいですか」と聞いてください。そうしたら本人がどうしてほしいかを言うと思います。 わたしたちはお互いにまだ十分に接していないので、「たぶんこうだろうな」と想像でやると、まちがってしまうことがあります。ですから、わたしたちもきちんと自分の意志を伝えるようにしたいと思うので、皆さんの方でもぜひ、意志を聞いて手助けしていただければだんだんと近づき合えるのではないかなと思います。 最後に詩をひとつ紹介します。 願い どうか自分をあきらめないでください (同和教育教材「あけぼの」に掲載/沢里枝子さんの講演より) |
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