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里枝子の歩み

広沢里枝子 ひろさわ・りえこ

1958年、静岡県沼津市に生まれる。
1968年から1970年、埼玉県秩父市で長唄三味線を習う。
1977年、函嶺白百合学園高等部を卒業。
1981年、長野大学 社会福祉学科卒業。進行性の網膜の病気のため、長野大学在学中に急速に視力が低下。
1981年から1984年、名古屋ライトハウス点字図書館(現・名古屋ライトハウス名古屋盲人情報文化センター)に勤務。
1984年、結婚し、長野県に根を下ろす。26才で失明したが、盲導犬を得て、2人の幼い息子たちとともに積極的に街に出るようになる。
1987年から1990年、友人たちの協力を得て、息子たちとの会話集「あきとまさきのお話のアルバム」(全4集)を刊行。
1991年、「街に出よう、キュリー」(土屋竜一作曲)の作詞で、「第16回全国わたぼうし大賞」を受賞。
1991年から現在、SBCラジオ「里枝子の窓」のパーソナリティーを担当。障害のある仲間や、共に働く人々の生の声を27年間にわたって伝え続けている。「里枝子の窓」は「平成13年日本民間放送連盟賞・ラジオ放送活動部門・関東甲信越静岡地区」で、第1位に選出された。
パーソナリティを始めた1991年から講演活動を開始。盲導犬と各地へ出かけて、体験談や物語を語っている。
1991年、「長野県ふれあいの旅」に参加し、カナダ、アメリカを視察。帰国後、数年にわたってピア・カウンセリングを学ぶ。
1996年から1999年、「週刊うえだ」に『街に出よう、キュリー』を連載。
1996年、SBCテレビ「SBCスペシャル ドロシーは私の光」と、TBS系テレビ「親の目子の目 おかあさん木が赤くなってきたよ」に出演。
1997年から現在、文集「モラトリアム」に投稿。
1999年から現在、「NPO法人上小圏域障害者総合支援センター」ピア・カウンセラー。
2001年から現在、長野大学非常勤講師として「情報保障技術A」を担当。
2003年から2008年、「長野県雇用開発協会」発行の「雇用開発」に『私と仕事』を連載。
2014年から現在、萱森直子氏(最後の越後瞽女小林ハルに師事)から瞽女唄を習い、演奏活動を開始。
2016年から現在、「信州発・産直泥つきマガジン たぁくらたぁ」に『ジャスミン、明日に向かって歩こう』を連載。
「長野県ハーネスの会」 副会長。
「東御市視覚障がいネットワーク ゆるり」 事務局。
「長野県視覚障害者福祉協会」会員。
「上田市視覚障害者福祉協会」会員。
東御市社会福祉協議会の「芸能人材グループ 和笑(わっしょい)」ボランティア。
「上小圏域障害者自立支援協議会」委員。
共著に「見えないってどんなこと?」(一橋出版)、「しなやかに生きる見えない女たち」(博文館新社)がある。

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