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里枝子のエッセイ

越後瞽女唄探求の旅 四の段 − 2019年の歌日記から

2020年1月10日

○2月17日 新参町(しんざんちょう)教会「野の花会」で瞽女唄を聞いていただく
あきらめず日本の心探求し伝承せよと吉田牧師は
5年前吉田牧師に励まされ始めた瞽女唄今披露する
信仰を共にする人ら集い来て瞽女唄楽しむ今日の嬉しき
教会堂に三味線の音響かせて瞽女唄唄う十字架の下
わが歌を「賜り物」と尊びて励ましくるる信仰の友

○2月22日 ブローダーハウス瞽女唄公演1日目
われら9人揃いの法被に身を包み「さずきもんの会」初舞台踏む
師匠言う「これが私の娘たち」弾みし声は自信に満ちて
賑やかな楽屋も開演のベル鳴ればみな息つめて本番を待つ
ブローダーハウスに三味線の音響かせて師匠と弟子の瞽女唄祭り
妹弟子に手を引かれつつ憧れの舞台へ上がるわれに晴れの日
4年間見上げし舞台踏みしめて天にも届けと唄う瞽女唄
「佐渡おけさ」われが唄えばお師匠も「あらよいよい」と合いの手入れる
見切り席に声かけくれし女(ひと)のあり石川さゆりさんと聞きて驚く
わが唄を「よかったわよ」と褒めくれしそのひと声の今も嬉しき
たち唄を師匠唄えば弟子和してホールはたちまち歌に包まる
楽しげに帰るお客を仲間らと笑み交わしつつ見送るロビー

○2月23日 ブローダーハウス瞽女唄公演 2日目
今日もまた満員御礼各地から駆けつけくれしお客様もて
演じるは「葛の葉(くずのは)子別れ」葛葉の模様の入りし簪髪に
緊張の極みにあれど心決め曲に思いを乗せて演ずる
十二年続きし瞽女唄公演は余韻残してここに終りぬ

○3月2日 「子ども保養サポート上田」にて「春を呼ぶごぜ唄コンサート」
わがために友は自作の帯をもて着付けてくるるこの催しに
胸高(むなだか)に結びし帯はさながらに茜の蝶の止まるがごとし
わが唄よ放射能避け保養する幼き子らに春を運べよ
畳部屋に60人が肩寄せて唄聞きくるる瞽女宿(ごぜやど)のごと
「子どもらと春野に出でて若菜摘む日を取り戻そう」とわれ唄贈る

○4月7日 高齢者住宅「森と人と」で音楽会
「森と人と」に老いも若きも集いきて今日は楽しくコラボレーション
お花見の季節に贈る瞽女唄は「梅のくどき」よ声晴れやかに
身につけし瞽女唄唄い老い人の涙誘うは芸人冥利
車椅子にて帰る人らに声と笑みもらいてわれも笑みつつ送る

○4月12日 「上小圏域障害者総合支援センター」歓送迎会
20年勤めた職を今日は辞す感謝の他に想うこと無し
瞽女唄を聞きたいという職員の声ありがたく唄う瞽女唄
祝い唄声高らかに唄いあげ若き仲間の活躍願う
在職中艱難あまたありしこと胸に収めて今日職を退(ひ)く

○5月1日 令和元年元日/北軽井沢の「マナハウス」にてダンスの集い
会いたかった旅の仲間とハグをして令和元日ダンスのつどい
フリーダンスに心も体も解き放ち「ああ幸せ」と声上げ踊る
マナハウスに手拍子受けて「正月祝い口説き(くどき)」を唄う豊作願い
木漏れ日を注ぎ合うごとお互いに言葉を交わす外(と)は雨ながら

○6月5日 「信州味の里とうみ」にて瞽女唄演奏
瞽女唄を聴いてほしいと三味(しゃみ)取れば「待ってました」と歓声上がる
苗育つ「正月祝い口説き」をば唄えば恵みの雨が降り初む(ふりそむ)
わが唄を聴いて元気が出たという農業女性の笑みに送られ

○6月20日 「石堂丸(いしどうまる)」の稽古に励む
図らずも橋の上にて再会する父子「石堂丸物語」
再会の父子の心情思いつつ「石堂丸」の稽古1日
一心に稽古しおれば雑念の消えてしばらく瞑想に入る

○6月21日 東御市片羽区(かたはく)「生き生きサロン」にて瞽女唄演奏
三味(しゃみ)背負い社協の人に手を引かれボランティアに行く「生き生きサロン」へ
公民館に迎えくれたる役員は若かりし日の子育て仲間
おめでたい唄でサロンを盛り上げる集う人らの楽し気なれば
初めてのことなりわれの瞽女唄のCD欲しいと言う人のあり
地域をば支えくれきし人たちへわれがお礼に唄う瞽女唄

○6月23日 1日かけて「よされ節」の稽古をする
よされ節唄えば若き瞽女になり鶯の鳴く山行く心地
「鶯よ声が良いのは何ゆえ」と唄で訊ねる山の細道
声枯れていまだ瞽女唄道半ば(みちなかば)鳥の地啼きがわれを励ます

○7月6日 「信州国際音楽村 邦楽友の会」に4回目の参加
邦楽のベテラン集う「友の会」緊張しつつ今年も挑む
ラベンダーの畑渡り来る風のあり石に座りて一人稽古す
わらじにて舞台に立てば肝座り腹の底から歌声は出る
わらじ履き法被のわれは越後瞽女になりきり唄う「石堂丸」を
尺八は風の音色を琴の音は花の震える様を奏でる

○7月11日 東御市南部公民館にて瞽女唄演奏
白の地に波の模様の絽の浴衣涼やかに着て演奏に行く
南部区の料理上手の婦人たち地元野菜で持て成しくるる
一曲の終わるその都度褒めくるる聞き手のありてわが声伸びる
いかにしてその声出るかと尋ねられ山に向かいて唄うと答え

○7月17日 高齢者施設「フォーレスト」の「飯島恵道法話会」にて瞽女唄演奏
打ち合わせを覗きに来たる入居者に「貴方もどうぞ」と優しい常務
施設にて仏となりし人々の慰霊のための音楽法要
澄み切った声にて唄う恵道尼のご詠歌に皆聞き入っており
新しく仏となりし幾人(いくたり)へ贈る和讃に心ふるえる
われもまた無心で唄う「夢和讃」御霊と家族と働く人へ

○8月28日 名古屋で開催された盲女性協議会の交流会で初の瞽女唄披露
大ホール盲女性らが埋め尽くし研修大会ここに始まる
盲女たち健康法を披露する明るき声に開場は沸く
宴会の席盛り上げる瞽女唄は手拍子も出る陽気な唄を
フィナーレを飾るは瞽女の「佐渡おけさ」五百人余の手拍子に乗り

○8月31日 皆野町にて「みんなの皆野ノスタルジア2019」を開催
幼馴染の友らはわれの手を取りて美の山登る「山のホール」へ
ボランティアの皆さん続々集まりて「みんなの皆野」の準備にかかる
瑠璃色の秩父銘仙着付けして背筋を伸ばしホールへ向かう
ユーモアに溢れる鼎談司会者は袴姿の淑則(よしのり)先生
郷土芸能守る女性は「私は死ぬまでこれでいい」と言い切る
われも言うこの瞽女唄の灯(ともしび)を後世に遺してゆかん決意を
本業を持ちながらにも伝統を守る決意の鼎談となる
子どもらの奏楽演舞華やかに百人の人拍手喝采
平曲の「那須与一」に耳澄ます大海原を瞼(まぶた)に浮かべ
瞽女唄の「巡礼おつる」の物語聞きたまえよと声更に張る
娘(こ)のために母ではないと言う母の胸張り裂ける思いを声に
わが唄に子別れのさま目に浮かび涙をしたとう言葉をもらう
百人のお客様らは笑顔にて声をかけあう帰りのロビー
「ありがとう」と何度言っても足りぬほど感謝の気持ちで皆を見送る

○9月8日 王子平区の「生き生きサロン」にて3回目の瞽女歌演奏
三味背負い「今年もやってきました」と王子平(おうじだいら)の公民館へ
瞽女唄をまた聞きたいと三度まで呼びてもらうは芸人冥利
出し物は「巡礼おつる」の続きをと待ちくるる客あるはうれしき
幼くて親元離れた日々思う子別れの唄熱唱しつつ
四竹(よつだけ)を打ち鳴らしつつ手拍子に合わせて唄う「真室川音頭」
「来年も唄いに来てね」と頼まれて約束交わすお年寄らと

○9月28日 「ちいさがた福祉会感謝祭」に飯島恵道さんと出演
日頃から施設支えるボランティアここに集まり感謝しあう日
尼僧なる恵道さんとステージへ上り和讃をそれぞれ披露
まなうらに花の雨をば浮かべ聴く恵道さんの唄う和讃を
われもまた瞽女が伝えた「夢和讃」義母と嫁との対話を唄う
新たなる扉の開く兆しありひたすら行かん和讃の道を
手拍子に合わせて唄う「佐渡おけさ」お客様らと一つになりて

○10月2日 小諸商業高校全校人権講演会
ジャスミンと前へ1歩を踏み出せば「わあ可愛い」と歓声あがる
昨日のホーム転落事故死をば語れば五百人の息飲む気配
生徒らに演じてもらうホームからの転落防ぐ声のかけ方
「盲人が困っていたら声かけて」と頼めば「はい」と五百人言う
瞽女さんが命を賭けてつなぎ来し唄を聞いてと和讃を唄う
質問はないかと問えば生徒らは次々声上げわれに問いくる
ジャスミンは「可愛い」と言う声もらい拍手に送られ会場を出る

○11月6日 東御市立 北御牧小学校にて、ゆきみさんと対談、「信濃追分」を唄う
視力をば持たぬわれらがいかにして子育てせしか来し方語る
見えざればいかに怪我なく育てるかひたすら腐心したる日々なり
一日が無事に終わればよしとして悩む暇なき盲(めしい)の母は
子育ての一番辛きこと問われわれら応える子の病むときと
喜びは試練を越えて母親になれたることと声を揃える
まなうらに親子の笑顔浮かべつつ瞽女唄唄う声張り上げて

○12月12日 新潟市へ今年最後のお稽古に行く
新潟のホームに立てば木枯らしがコートの裾をはためかせ吹く
これもまた稽古通いの楽しみと寿司屋のカウンター席に着く
稽古した唄を師匠に披露して拍手いただくときのうれしさ
弟子たちの花咲かせるが喜びと語る師匠の声は明るく
襷(たすき)がけで戦う娘の唄習いその録音を抱(いだ)きて帰る
口ずさむ唄は「真室川音頭」帰路の電車に揺られながらに
乗り換えの待ち時間にも歌を詠む手持無沙汰ということなくて
改札を出れば駆けだす盲導犬われも駆けだす迎えの夫(つま)へ