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里枝子のエッセイ

越後瞽女唄探求の旅 五の段 2020年の歌日記から

2020年12月18日

三味線を弾きながら瞽女唄(ごぜうた)を披露する広沢里枝子の写真 今年は、コロナ禍で、瞽女唄を聞いていただける機会は僅かでした。新潟の師匠のもとにお稽古に通うことも、姉妹弟子の皆さんに会うこともできず、とても残念でした。
 けれども、今年の歌日記を読みかえしましたら、瞽女唄とつながりのある短歌を思いの他、たくさん詠んでおりました。
 活動の場は少なくなったとはいえ、日々稽古することで瞽女唄に支えられ、唄えるときには、爆発するがごとくに唄って、なんとかこの一年を超えられたことに感謝しております。
 これらの短歌は、私の日々の歌日記にすぎませんが、瞽女唄とともに歩む暮らしを感じていただけましたらうれしいです。
 そしてまた、皆さんにお会いして、瞽女唄の楽しみを分かち合える日を待ち望んでおります。

 [新春]
○1月2日
稽古初め
冷気をば腹の底まで吸いこんで令和二年の稽古始める

○1月5日
瞽女唄に関心をもつ永池隆先生来訪
先生は大鹿中の生徒らに瞽女教えんと調べ進める
飯田瞽女辿りし旅を模造紙の地図に表しくれたる先生
信州の瞽女の暮らしに思い馳せ尽きぬ話に時を忘れる
客人に「正月祝い口説き」をば聞いていただくわが事はじめ

○1月28日
暴風の一日
轟轟と家を揺さぶる風音に負けじと唄い大根を煮る

○2月16日
「新潟市内野まちづくりセンター」にて瞽女唄CD録音会
小雨降る内野の駅に姉弟子ら傘持てわれを出迎えくるる
録音の邪魔せぬようにすり足で隣室に入り順番を待つ
「さあどうぞ」師匠の合図に「葛の葉」を一気に唄い録音終える
まなうらに聞き手の笑顔浮かべつつのりて唄いぬ信州追分
パワフルな姉妹弟子らは「瞽女万歳」かけ合いよろしく唄い終えたり
弟子仲間「和讃」を唄う輪の中で盲導犬もハミングをする
それぞれが声の限りに唄いあげCD録音会は終りぬ

○2月22日
夫が東京へ出かけ、一人の夜を過ごす
独り寝て気の向くままに口ずさむ「新津甚句」に眠気もよおす
いつしらに越後の山河夢に出てわれは彷徨う雪の渓谷

 [春]
○3月2日
新型コロナウイルスの感染拡大のため、ラジオ以外の仕事は無くなる
感染の不安恐れて暮らすより今を生きんと三味線を取る
春浅き庭に三味線抱きて聞く遠き囀り遠き水音
舞台にはあらねど春を呼ぶ唄を聞いておくれよ春待つ桜

○3月6日
市川で次男一家が地鎮祭を行う
わが息子市川の地に居を定め妻子と共に地鎮祭なす
おめでとうそちらも晴れているかしら見上げる空に小鳥飛び交う
春風に乗りて届けよ市川へ「めでためでた」を三味もて唄う

○3月12日
足の怪我をして引きこもっているところへシャミコが届く
届きしは五百グラムのミニ三味線怪我で動けぬわれのおもちゃに
三味ならばどんな三味でもすぐ弾ける子どもの頃に習いし指に
若き日の母はわが子のゆく末を案じて三味を習わせくるる

○3月24日
ソプラノ歌手の塩谷泰子さんと電話で話す
後発ゆえ喉の酷使を免れて今も歌うとソプラノ歌手は
後発はハンディーにあらず友とわれ歌い続けてゆかんと話す

○3月28日
鶯の初鳴きを聞く
鶯の初鳴きを聞き三味の手を止めて窓辺に耳澄まし聴く
瞽女唄の稽古は控え鶯のいまだ幼き囀りを聞く

○3月30日
演奏会は無理でも、ホームコンサートを開こうと検討していたが断念
保菌者と思い行動しなさいと感染防ぐ心得学ぶ
楽しみにしていたホームコンサートもやめると決めてお知らせを出す
来春に順延したる演奏会二年の思いこめて唄わん

○3月31日
「瞽女万歳」を覚える
ようやくに瞽女万歳を覚えたり夜に日を継いで稽古重ねて
早口の長き文句に四苦八苦立ち往生をせしもいく度
口伝なる瞽女万歳のおもしろさ覚え唄えば船こぐごとく

○4月12日
小諸懐古園にて夫婦で花見
訪れし懐古園にて夫は言う桜の下に人はまばらと
親しみし夫の指にわれの指添えて桜の枝引き寄せる
引き寄せし桜の枝に頬寄せてしばらく花の香り楽しむ
紅枝垂れ(べにしだれ)の花に囲まれ瞽女唄のどどいつひとつ口の端にする

○4月25日
「おしげ清蔵」の稽古に取り組む
新曲の「おしげ清蔵」は手本なく白いキャンバス前にしたよう
文句をば繰り返し読み古き唄再現せんと工夫重ねる
瞽女唄の古き心中物語り唄いこなして蘇らせん

 [夏]
○7月1日
瞽女唄稽古 
三味を打ち言葉の糸を紡ぐごと瞽女唄唄う朝に夕べに

○7月4日
瞽女唄稽古
「花供養御和讃」唄うまなうらに真っ白き蓮の花を咲かせて
雨に濡れいよいよ清き蓮の花揺れるを思い御和讃唄う
天と地をつなぎて太き空洞となる心地して瞽女唄唄う

○7月18日
瞽女唄稽古
ゆかた着て帯引き締めて三味構え犬を相手に瞽女唄稽古

○7月23日
禰津の「どう屋」から歌えるマスクの試作品を届けていただく
コロナ禍の中でも瞽女唄続けんと唄えるマスクの試作を頼む
藍染の古き布から親子して唄えるマスク試作しくるる
絹と麻重ねて縫いし新マスク声出しやすく作られており
工夫して友が作りし新マスク着けて唄うは瞽女祝い唄
コロナ禍の最中にあれど諦めずわれは瞽女唄唄いて行かん

○8月9日
夕立
雷鳴に敗けじと三味を打ち鳴らし独り瞽女唄稽古に励む

○8月12日
「バーバラと歌う会」にズームで参加
ズームにて日本とハワイつながれてバーバラさんと自室で歌う
「お茶和讃」われが唄えば皆は眼を閉じて分かちぬ美しき時
パソコンを閉じれば静もる室内に独り淋しく遠雷を聞く

 [秋]
○10月10日
音訳書「瞽女力」を聞く
目の見える貴方わしより幸福と人らに説きし越後瞽女たち

○10月15日
長野私立高校 ノーマライゼーションクラスにて講義と瞽女唄演奏
三味を背に足取り軽くジャスミンとコロナ禍初の講義に向かう
四国からわれの瞽女唄聴かんとて車走らせ来し人もおり
コロナ禍の故に半年唄えざる瞽女唄唄う心をのせて
熱心にわが瞽女唄を聞きくるる人らにもらう生きる勇気を

○10月22日
吉沢佳子さんの訃報を聞く
われのため「着物のコーディネーターになるわ」と笑みし友は世になく
姉のごと着物の衿を整えて舞台に立たせてくれたる友よ
友の織りし紬の帯は茜色頬に当てれば涙こぼるる
見えずとも容易に見わけらるるようたとう紙に点字付けくれし友
和箪笥の前に着物をたたみいる友のまぼろし今まなうらに

○11月16日
春の唄の稽古を始める
柳の枝に梅の匂いの桜ばな咲かせてみたいと唄う都都逸

○11月18日
小谷小学校へ講演に行く
コロナ禍のさ中の学校講演会皆マスクつけ離れて座る
次々と質問くるる児童らにわれも応える心開いて
児童らは空まで伸びる朝顔の 歌を合唱われを囲みて
児童らの優しき声にむらぎもの心は揺れて涙こぼるる
小谷では祭りのたびに瞽女さんが唄いにきたとう古老の話
小谷村の史料館には瞽女さんの銅像あると聞いて驚く
塩の道の番所の跡に建つ像は三味を弾きつつ唄う瞽女さん
長い杖大きな三味に太い足口開け唄う瞽女の銅像
手に触れて探れば分かる形にて待ちてくれたか瞽女の銅像
口を開け三味打つ瞽女の銅像に耳当ててみる唄を聞かんと
信州に待つ人々を想いつつ越後の瞽女は峠超えたか
銅像に触れつつ思う越後瞽女と小谷の人らの深き縁(えにし)を

 [冬]
○12月7日
游話舎サロンの結びの会にて、岩崎信子さんとの対談と瞽女唄演奏
店員は上田紬の美しさわれに説きつつ着付けてくるる
緋の色の紬の着物紺の帯マントを羽織り游話舎へ行く
拍手にて迎えてくるる会場へヘルパーさんと歩を共にする
「里枝子の窓」の企画の前の出会いから岩崎さんと語り始める
にこやかな岩崎さんの語りかけ受けて私も笑顔で話す
三十年前岩崎さんとの出会いからわが人生の花は咲き初む
游話舎の結びの会に招かれて瞽女唄唄うは身にあまる栄
游話舎の皆に大きな幸あれと瞽女祝い唄三味持て唄う
コロナ禍のさ中も休まず稽古してきたる瞽女万歳をば唄う
会場の笑いに応えわれもまた声を張り上げ笑みつつ唄う
一年の数え唄なる「おいとこ」を手拍子受けて唄う慶び
游話舎の尊き活動二十年感謝を込めて和讃を唄う