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里枝子のエッセイ

越後瞽女唄探求の旅 七の段 2022年の歌日記から

作成年月日 2023年1月10日

○はじめに
 昨年は、私が萱森直子先生から瞽女唄のご指導を受けるようになって8年目の年。瞽女唄の演奏活動を始めて、7年目の年でした。
 しかし、私は、瞽女唄の奏者として、順調に経験を重ねたわけではありませんでした。一旦、振り出しまで戻ってから、1年以上をかけて、ようやく復活できたと感じています。
 私は、一昨年の3月に、大腿部骨折と、腰部骨折という大怪我をしました。そのために、入院していた3か月間は、三味線も持てませんでしたし、退院してからも、しばらくは三味線の糸巻も回せないほど体力が落ちていました。
 それでも、瞽女唄演奏のご依頼をいただくと、「その時を目指して努力してみよう!」と元気が湧きました。
 私は、昨年の3月の「紫苑コンサート」の時にさえ、演奏しているうちに背中が段々と痛くなり、背中を丸めて耐えながら演奏していました。おかげさまで、姉弟子の小関敦子さんにゲスト出演していただいたり、皆さんから力いっぱいの応援をしていただいたりして、やり遂げることができました。
 その喜びが、次の活動につながり、その次の活動につながっていきました。
 「信濃毎日新聞」では、昨年の7月6日から7回にわたって「いのち響かせて 里枝子さんと越後瞽女唄」という連載をしていただきました。この記事は、上野啓祐記者が、丁寧な取材を重ねて、私と瞽女唄への理解を深めて書いてくださった素晴らしい記事でした。
 この記事の反響は、たいへん大きく、その後は、次々と瞽女唄演奏や講演のご依頼をいただいています。
 昨年の9月には、「広沢里枝子の越後瞽女唄コンサート瞽女唄の息吹 in紫苑 vol.3 リレーエッセイ特集」(瞽女唄の息吹コンサート応援グループ編)が発行されました。友人たち、支援者の方々のご協力をいただいて、神山朝子さんが心をこめて編集してくださった手作りの文集です。読み返す度に、皆さんに支えられて歩んでこられたことを思い、胸が熱くなります。ずっと私の気持ちを支えてくれる大切な宝物になりました。
 また、11月には、神山朝子さんが、怪我から復帰した私の誕生日を祝って鴻巣市の整体ルーム「ノユーク・チャイ」で、「瞽女唄バースデーライブ&カフェ 私たち24歳になるんだっけ?」を開いてくれました。 前半は瞽女唄演奏。後半は、私がパーソナリティを務めるティータイム。皆さんの和やかな空気に包まれて、最高に幸福なバースデイライブでした。
 そして、12月はじめには、「越後ごぜうたグループ さずきもん」の東京公演「瞽女の足跡 その二」に参加し、仲間の皆さんとともに唄い、育ちあう喜びを体験しました。
 私は、このところ、新曲にどんどん取り組むことができず、ひたすら大事にしている「葛の葉」や「巡礼おつる」などを繰り返し稽古する日々でした。
 それでも、本番では、唄の世界に深く降りていく感じがあって、特に東京公演の二日目の「巡礼おつる」と、「夢和讃」は、なにもかも忘れてその世界に入って唄っていました。自分では、この深まった感覚が、復活後の貴重な進歩という気がしています。
 とてもうれしく感謝です。

 以下に、2022年に私が詠んだ歌日記の中から、瞽女唄について詠んだ短歌を集めました。ここに残せた短歌は、昨年の経験や感動のうちのほんの一部ですが、信州の四季を思い浮かべながら、味わっていただけましたら幸いです。

「城南地区人権を考えるつどい」

 ○新年
雪積もる朝の空気は凛として令和四年がここに始まる
初稽古 三味線無しもまたよしとソファに座り力まず唄う

 ○厳冬
春を待ち稽古重ねるソファーには三味線われに寄り添うように
三味の音一音下げれば還暦を越えたるわれの声にほどよく
北窓を叩いて過ぎる風音を聞きつつわれは三味を爪弾く
長岡瞽女の唄のリズムは積りたる雪を踏みしめ歩くに似たり

 ○長野大学最終講義
われのもとで点字学びし学生へ贈る発ち唄瞽女「夢和讃」
学生もわれも画面へ頭(ず)を下げて二十年間の授業を終わる

 ○瞽女唄録音
瞽女唄のCDを作らんと模索する土中を探る虫さながらに
雪中に三味もて唄う門付唄 往時の瞽女さの気持になりて
門付けの唄を唄えば凍えきて叫ぶがごとき声になりたり
雪中に足を踏ん張り御和讃を唄う大地に滲みよと唄う

 ○春の唄を唄いながら山道を行く
歌い出す小鳥に合わせわれもまた山の鶯呼ぶ唄唄う
瞽女さんに逢うことあらんいつの日かわれも天へと帰りしときは
瞽女さんに逢えば伝えんお蔭様でこの世に瞽女唄唄いしことを

 ○「里枝子の窓」のゲストに萱森直子さんを迎える
瞽女唄の師匠と弟子の対談を「里枝子の窓」で電波にのせる
人間国宝小林ハルとの思い出を萱森師匠は本に著す
「上手に唄ってはいけない」とハルさん言いしと師匠は語る
ハルさんから受け継ぎしこと本に書き肩の荷おりたと萱森さんは
ラジオにて師匠の話再度聴くこれぞ話芸と思いながらに
瞽女唄とパーソナリティーまぎれなくわが人生のミッションなりき
瞽女唄は天から授かる「さずきもん」瞽女さんたちが届けてくれる

 ○ウクライナ戦争のニュースが続く
戦争のニュースに生(あ)れし無力感吹き飛ばさんと瞽女唄唄う
瞽女唄は庶民の暮らしの唄ゆえに反戦歌だと師匠言い切る
九死に一生を得たる経験忘れずに真っ直ぐ進む光の方へ

 ○鴻巣の旅の前日
「葛の葉」を口ずさみつつアイメイトに撫でるようにしてブラシかけやる
友達がフェイスブックで次々と送ってくれるわれへの声援
亡き友が織りし紬のバッグへと大事にしまう三味線の撥

 ○鴻巣の旅/紫苑コンサートリハーサル
アイメイトと改札出れば親友の弾んだ声が迎えてくれる
鴻巣の紫苑で車降り立てば辛夷(こぶし)の花のほのかな香り
古民家を守りながらに芸術や文化の発信「こうのす・紫苑」
コンサートの準備重ねた玲子さんとようやく会えて手を取りあいぬ
太き梁が支える古民家の舞台にて姉弟子とわれ調弦をする
小関さんと初めて揃って稽古する「新津甚句」が紫苑に響く
掛け合いでやる「瞽女万歳」は相方と声揃わぬがなお良しと言う
姉弟子の太夫の語り頼もしく吾(あ)も懸命に才蔵語る
姉妹弟子並んで唄えば力増し二人の声が壁を震わす
唄声が紫苑の庭まで聞こえたと花飾りいし友らから聞く

 ○越後瞽女唄コンサートinこうのす・紫苑 vol.3 『瞽女唄の息吹』
荒川の土手は菜の花どこまでも黄一色と車中にて聞く
コロナ禍に出迎えできぬ吾に代わり華やかに咲け土手の菜の花
紫苑での舞台衣装に選びしは深紫の紬の着物
小関さんは薄紫の着物にて姉妹共々舞台飾らん
深紫の着物に真紅の帯締めて心鎮める出番来るまで
会場の声援受けて居ずまいを正せば高揚ここに極まる
感動と感謝の気持ちを瞽女唄にこめて勤めん紫苑の舞台
午前中の舞台の緊張保ちつつ気を引き締めて午後の舞台へ
「葛の葉」の最後の段を唄いあげ五年をかけて四段終わる
眉上げて「先ずはこれにて段の末」と終りの口上ゆっくり述べる
会場の大きな拍手と歓声に頭を下げて演奏終わる
姉弟子の三味打つ音の心地よさわれの撥にも力が入る
ラップのような日本に伝わる「瞽女万歳」掛け合いよろしく唄う愉しさ
映画「瞽女」は「生きる為の仕事」と言う監督の言葉に胸を突かれる
触れえねば感謝の気持ちこめ舞台に伏して見送る音消ゆるまで
縁の下の力となりし真心に支えられたる紫苑の舞台
全力で支えくれたる友達と別れ惜しんで新幹線へ

 ○坂田グループ四国の旅
潮風を胸に吸い込み朝稽古鳴門の海の轟きの中
潮騒を伴奏にして朝稽古する吾を見守る旅の仲間ら
知らぬ間にわれの周りに聴衆のありて一節終われば拍手
渦潮の渦の中へと突き進む観潮船は飛沫(しぶき)を上げて
渦潮の激流のなか手を入れて感じてみたい阿波の渦潮
渦潮の飛沫浴びつつ揺られつつ「巡礼おつる」の唄口ずさむ

 ○春の来客
幼なより稽古をしたる細竿の三味線をもて春の唄弾く
門付け唄を唄えば「福の神が来たようだ」と言いて来客は笑む
匂やかな白梅の香に包まれて三味を弾きつつ「梅の口説き」を

 ○美恵子さんと上田の陽泰寺へ
住職の読経は御堂いっぱいに響きてわれの琴線にまで
本堂にてお茶をいただき御礼に「お茶和讃」をば聞いていただく

 ○綿畑コンサート
瞽女唄の今日の舞台は綿畑 大地と種と種撒く人へ
一面に綿の花咲く日を思い豊作祈り瞽女唄唄う
アイメイトは唄うわたしの足下で蒲公英(たんぽぽ)の花を食べていたらし
少年は「これが僕の三味線だよ」とぺんぺん草を振り駆けて行く

 ○初夏の瞽女唄稽古
「葛の葉」の一段二段を区切らずに唄う稽古を今日もいく度
株に座し時を忘れて三味弾けば身は木のごとく三味枝のごと
踏んばって三味弾きおれば足裏がむずむずとする根が生えくるか

 ○東御市立滋野小4年生親子講演
失敗談は心配そうに聞きくれる子らの優しさ胸に沁みいる
三味線にのって唄えば教室に歓声あがりそして拍手が
子どもらに「すごいすごい」の声もらい三味線胸にわれも笑顔に
わが唄を聞いての子らの感想は「やりたいことをやれててすごい」
担任の先生は言う「唄を聞き子どもらの目が輝きました」と

 ○長野市立高校戸崎クラスの授業に友人たちと参加
遠方よりわれの授業を聴かんとて駆けつけくれし親友三人
生徒らはドアの向こうで「盲導犬に触れてはいけない」と復唱しており
一期一会の気持ちになりて「夢和讃」唄う別れを惜しみながらに
朝ちゃんはわが手取りつつ瞽女の絵の着物の赤を教えてくれる
生徒らが点訳しくれし画文集に触れるわれらは笑顔溢れる
七夕に結集をせし仲間たち授業を終えて陽光の下

 ○ペンション・さゆ〜るにて「瞽女唄の夕べ」
浴衣姿に三味線を抱き居ずまいを正してホールの友らの前に
虫の音と猫の鳴き声伴奏に友らを前に瞽女唄唄う
自らの心を解いて絵を描くがにゆっくりと唄い始める

 ○祭文松坂「山椒大夫」を覚える
幼き日に浄瑠璃で見て涙せし「山椒大夫」の唄を覚える
瞽女唄の「山椒大夫」を二段まで唄い通して七十五分
姥竹が復讐果たす瞽女唄の「山椒大夫」の小気味良きこと
仕上がりし新曲「山椒大夫」をば舞台に演じ聴いてもらわん
「山椒大夫」の稽古終われば早速に「巡礼おつる」の復習に移る
瞽女唄に出会いしゆえに朝夕に暗誦するが日課となりぬ

 ○信濃毎日新聞「いのち響かせて」の連載完了
上野記者われが瞽女唄に賭けている心汲み取り記事書き上げる
丁寧な取材の記事に大切な師匠や友らの名前が残る
七回の連載記事を読み終えてまだ道半ばと背筋を伸ばす

 ○新曲「磯節」の稽古
ハルさんが気持ちよさそうに唄われし瞽女の磯節の稽古に励む
余念なく瞽女の磯節稽古する「楽は苦の種 苦は楽の種」と
闇の中に光を求めて生きて来し瞽女の唄いし歌詞の数々
「うちを離れて奥山住まい」と唄いつつ山の暮らしの来し方思う
三味を抱き涼風(すずかぜ)の吹く庭に出て蟋蟀(こおろぎ)たちに仲間入りする

 ○雨音を聞きながら「ひとつと出たなりや」を口ずさむ
難波病院に隔離をされし元娼婦らの歌を師匠が蘇らせる
十四には「十四の頃から客を引き片手に簪血の涙」と唄う
二十には「苦い薬も今日限り明日は冥土へ送られる」と唄う
誰のため唄えばいいか尋ねれば師匠は「自分のために」と言えり
「自分に聞かせる唄があってもいい」と言う師匠の言葉にわれも頷く
雨音を聞きつつ独り口ずさむ故郷へ帰れぬ女の唄を

 ○「ララバイの会」
女郎花(おみなえし)咲く民家のお座敷に母子十人ほど輪になり座る
いみじくも今日は十五夜観月の日なれば長唄の「お月さま」唄う
九歳でお師匠さんを真似ながら習いし長唄今も忘れず
見えぬ眼に月を見上げて泣きやまぬ吾子に歌いしこの子守歌
子守歌歌えば遠く吾子負いし背の温もりの今に懐かし
子守歌歌い終われば女の子甘え声にて「ねむたい」と言う
ハルさんが「おぼえっこのうた」と呼ぶ瞽女の童謡続けて唄う
ハルさんが真冬の川の土手に立ち稽古をせしはこの唄ならむ

 ○障がい者家族会「上小山びこ会」
会員の近況報告われも聴く一緒に雨に濡れる思いで
怪我からの回復話せば皆さんは拍手でわれを包みてくるる
皆さんの共感を肌で感じつつわれは唄いぬ瞽女唄三つ
悩みごとひととき忘れ泣きそして笑って人ら唄聞きくるる
親心汲みつつ唄う「葛の葉」はしみじみわれの胸にも響く
歓声と拍手に包まれ三味を置くわれも笑顔でそれに応えて
「里枝子さん毎回ここで唄って」と弾んだ声で友人が言う
「言葉には力があるが唄にはもっと力がある」と師匠は言えり

 ○長野県同和教育研究大会公演
盲導犬とわれの講演信州の各地に招かれ千回超える
大ホールの隅々までも届けよと聴衆に向かい唄い始める
わが唄のホールに響く音量にアイメイト飛び跳ね椅子の下へ潜る
瞽女唄をなぜ唄うかを伝えんと小林ハルとの出会いを語る
一度聞きし小林ハルの唄声はわが魂を揺すりて止まず
魂を揺さぶるようなハルさんの唄思いつつ「葛の葉」唄う
手拍子に合わせて元気よく「アイメイト音頭」唄えば会場は湧く
温かな拍手に包まれ三味を置くわれも笑顔でそれに応えて
「瞽女唄を初めて聞いてそのパワーに圧倒された」と感想もらう

 ○映画監督瀧澤正治さんの訃報を聞く
映画『瞽女』作りし人は世を去れどその情熱は遺作の中に

 ○誕生日
唄わずにいられないから唄ってる瞽女唄唄いになりて八年
息子らを社会へ送り大学の講師も辞して新たな道へ
晴れ晴れとしたる気持ちで瞽女唄に更なる精進せんと決意す

「第19回東御市障がい者福祉のつどい」

 ○越後ごぜうたグループ「さずきもん」東京公演
瞽女唄仲間の晴れの東京公演に参加せんとて「はくたか」に乗る
上野駅改札前で待つ友にアイメイトわれを引いて駆け寄る
新しき銀の簪髪に刺し両国門天ホールに入る
瞽女唄に各地で取り組む六人の弟子が揃いて姉弟子囲む
色とりどりの着物に着替え本番を前に練習余念もあらず
「お客様が入ります」との声かかり小さなホールに緊張走る
アイメイトと妹弟子に導かれわれも仲間と舞台に並ぶ
井浦さんの「すととん節」に声合わせ合いの手入れる弟子たち五人
三味を弾き客からもらう手拍子に合わせて笑顔で「おいとこ」唄う
それぞれの個性溢れる瞽女唄にわれも笑顔で拍手を送る
「夢和讃」和して唄えば遠き日の名も無き瞽女と唄う心地に
「瞽女唄はやっぱりみんなで唄うのが華やかだね」と友と語らう
両国の街へ出て行くお客様をわれら笑顔と会釈で送る

 ○上田市城南公民館の開館10周年イベントで唄う
上田紬で仕立てし真紅の着物にて今日の祝いの晴れの舞台へ
祝賀会オープニングは晴れやかに「正月祝い口説き」を唄う
怪我のため延期していた出演を果たして唄う瞽女祝い唄
もう1度復帰をしたい一心でリハに励みし経験話す
「葛の葉」の白狐の母が子に託す思いに涙溢れたと聞く
情感の溢れる声と演奏に震えましたと感想もらう

 ○大晦日
「春駒」を唄いながらに窓を拭く令和四年のわが年納め