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里枝子のエッセイ

越後瞽女唄探求の旅 八の段 2023年の歌日記から

作成年月日 2024年1月14日

○はじめに
私の瞽女唄探求の旅は、昨年で、9年目になりました。
 6月に新しくパートナーになった盲導犬のソフィアが、始めのうちは三味線の音を怖がって震えてしまうため、私は傍で三味線が弾けず、舞台も唄だけで凌いだ期間がしばらくありました。それでも、ソフィアも段々と三味線の音に慣れてくれたため、秋からは、遠方までソフィアと出かけて演奏する機会が増えました。
 瞽女唄については、昨年、新しく取り組んだこともありました。
 4回目となる鴻巣・紫苑のコンサートでは、午前と午後の2回公演にチャレンジしました。「山椒大夫」の一の段と二の段、合わせて85分の大作を1日で読みおえるというのは、初めての経験でしたから、私は、長い文句を忘れないために、毎日毎晩暗唱し、日が近づくにつれ、緊張して眠れないほどでした。けれども、紫苑コンサート当日は、お客様たちや友人たち、姉妹弟子たちに力いっぱい応援していただく中で、無事に最後まで唄うことができました。
 東御市の北御牧にある橘正人さん宅(旧渡辺医院)で『ご縁がつなぐ瞽女唄と絵本と古民家と』が開かれたことも、まさに不思議なご縁の連続でした。
 私は、友人たちと会食していたときに、偶然、大学時代の後輩の高橋江利子さんと再会して、その時に「瞽女さの春」というすてきな絵本をいただきました。その絵本の挿絵を描いた橘淑子さんが、近くにお住まいと聞いて、ご紹介いただけることになり、橘夫妻とお会いしたその日のうちに、出会った5人が意気投合して、10月に絵本の読み聞かせと瞽女唄の会を開くことが決まりました。
 当日は二十畳以上もある広いお座敷が、いっぱいになるほどお客様が詰めかけて、瞽女唄に熱心に耳を傾けてくださり、まさに瞽女宿の再現のようでした。
 「岐阜視覚障害者生活情報センターアソシア」に2回呼んでいただき、岐阜の視覚障害者の方々と、点字図書館を支えるボランティアの方々に、瞽女唄を楽しんでいただいたことも貴重な経験でした。特に視覚障害の皆さんは、身を乗り出すようにして熱心に聞いてくださったので、私自身、図書館の建物がぐわんぐわんと揺れるような錯覚がおきたくらい、唄にのめりこみました。
 山田館長先生と、視覚障害の大先輩である、肥田隆久さんに、このときの演奏をじかに聞いていただけたのも、ありがたかったです。その後、肥田さんは、愛盲報恩会の「片岡好亀賞」に私を推薦してくださり、そのことが受賞のきっかけになりました。
 そして、NHKの「視覚障害ナビ・ラジオ」に出演することになったのは、高田の「瞽女ミュージアム」の小川善司さんが、ラジオ番組のディレクターに私を紹介してくださったことがきっかけでした。「視覚障害ナビ・ラジオ」では、先にディレクターと、放送作家と、ゲストの三者でのzoom会議があり、その話し合いをもとに、放送作家が原稿を書くという方式だとわかり、普段ラジオで自由に話している私はとても驚きました。もちろん多少は原稿を変えてもかまわないとのことでしたが、人が書いてくれた言葉を自分の言葉として読むということは、私にはどうしてもできそうにないので、自由に話させてくださいと、上の責任者の方にもお願いしてしまいました。すると意外にも、「いいですよ」ということになり、唄も、私らしい唄を思い切り唄ってくださいと言ってもらったので、その場で演目を変更し、私はNHK放送局でも、のびのびと唄い、話すことができました。
 このラジオ放送は、好評だったようです。この放送を聞いたNHK Eテレの「ハートネットTV」のディレクターから、その後、出演の依頼を受けました。テレビ出演となると、日常生活への影響も考えられるので、迷う気持ちもありましたが、萱森師匠とは、長い目で見たときに、瞽女唄にとってよかったということになるように、撮影に協力しましょうと話し合いました。
 放映は明後日1月16日です。どんな内容になるか、私には見当もつきませんが、すでにまな板の鯉です。
 私は、昨年の11月19日、65才の誕生日から、「瞽女唄うたい」と名乗ることにしました。これからどんなことがおこるとしても、瞽女たちが唄い継いでくれたこの唄を人々と分かち合いたいという素朴な願いから、ぶれない自分でありたいと願っています。

以下、昨年詠んだ歌日記から、瞽女唄について詠んだものを集めました。スナップ写真に代えて添えます。お気楽にお読みくださいね。

○1月、冬のお稽古
今日もまた瞽女唄稽古日もすがら家事には一切手をつけぬまま
瞽女唄を唄い三味弾く毎日に生きる力を身に蓄える
友は言う「古人(いにしえびと)のメッセージを世界の人に伝えてゆこう」と
瞽女唄の「唄」という字はもの言わず砂底を這う貝たちの唄

○2月、孫たちと三味線を弾いて遊ぶ
「おばあちゃまジャスミン音頭を唄って」と三味を抱えてさっちゃんが来る
三味を弾くわれの真似してさっちゃんは大声あげて音頭を唄う
孫たちはおもちゃの三味線かき鳴らしまるで私の初弟子のよう
熱心に「もう一回」とう可愛さに笑いこらえて十数回も

○3月、鴻巣・紫苑(しおん)「瞽女唄の息吹」コンサート
続々と紫苑へ集う仲間たち明るく声かけ持ち場へ向かう
舞台衣装は母に賜いし訪問着朱色の生地に菊の模様が
真剣に着付けしくるる江藤さんと待つジャスミンを撮るカメラマン
朝ちゃんは体調良くて観客を最寄りの駅で迎えてくれる
荒川の土手埋め尽くす満開の菜の花の中を来るお客様
コンサートの祝いに賜いし花々は春の花にて色とりどりに
入口のベンチを飾る花々も祝いに友らに賜りしもの
ジャスミンは内村さんの手に抱かれそっと舞台の私の傍に
ジャスミンは頭を上げて客席を見ているらしきわが傍らで
客席からこの日初めて聞く声や聞き覚えある懐かしき声
滝澤監督の声の聞こえぬ寂しさよきっと天にて聞いておられん
主催者の小林さんの挨拶に耳傾けて心静める
「梅の口説き(うめのくどき)」を梅の気持ちで唄いなばお客様から笑いが漏れる
瞽女達はプロの芸人であると説き小林ハルとの出会いを語る
昼も夜も稽古重ねたこの唄を聞かせんものと撥振り下ろす
幼き日涙で読みし物語「安寿(あんじゅ)と厨子王(ずしおう)」今瞽女唄に
切々と母子の別れを語りゆく悲しき母の気持ちになりて
学生の穂歌(ほのか)さんとの掛け合いの「瞽女万歳(ごぜまんざい)」に会場は沸く
大夫(たゆう)になりきり妹弟子(いもうとでし)を褒めあげる「才蔵(さいぞう)ようしたようした才蔵」
満開の菜の花の土手散歩するお客様らは思い思いに
われらもまた一息ついて昼食をコーヒー香る紫苑のカフェで
声あげて笑ってくださるお客様めがけて唄う「信州追分(しんしゅうおいわけ)」
乳母竹(うばたけ)が大蛇になりて復讐する「山椒大夫(さんしょうだゆう)」ついに二の段
われもまた大蛇になりて大波をかき分け進む心地になりぬ
熱心な聴き手にわれは支えられ85分を今読み終える
「山椒大夫」の二段すべてを読み終えて拍手いただき深く礼する
四竹(よつだけ)を打ち鳴らしつつ江藤さん声も明るく「春駒(はるこま)」唄う
姉妹弟子声を合わせて「春駒」に合いの手入れる「はいどうはいどう」
姉妹弟子舞台に揃い「夢和讃」感謝をこめて瞽女の発ち唄(たちうた)
舞台に伏しお辞儀をすればジャスミンも頭を上げて尻尾を揺する
「来年は五周年ね」「また考えましょう」と小林さんは明るい声で
夕映えの菜の花の土手散歩する着物姿で友と笑みつつ
光に満ちた菜の花の土手おりてくるわれらの友情写真に残る
美恵子さんのお世話のありてジャスミンと長旅終えて上田へ帰る
改札でわれら迎える夫の目は温かかったと美恵子さん言う

○4月、種まきの綿畑コンサート
牡丹(ぼたん)と雉(きじ)の派手な衣装に草履履き盲導犬と綿畑行く
三味背負い同じ季節にやってくる瞽女さに習い芸の数々
さあ皆さん集まって来てとかき鳴らす三味の音色は広い畑に
綿畑の働き人(はたらきびと)に囲まれてベンチで唄う越後瞽女唄
この年の綿の豊作願つつ「正月祝い口説き(しょうがついわいくどき)」を唄う
朝鮮の筏乗り(いかだのり)らの労働歌「鴨緑江節(おうりょっこうぶし)」唄う三味を弾きつつ
古くからの予祝(よしゅく)の芸の「春駒(はるこま)」を明るく唄う手拍子にのり
三線(さんしん)と三味線並べお客様に楽器の由来を二人で語る
島人(しまびと)の心を唄う信州で精神科医の佐々木先生
三線の音色にのりて響くのは八重山民謡(やえやまみんよう)綿つみの歌

○8月、秘密の綿畑コンサート
島唄が風の間に間に聞こえ来る綿の畑へわれらも向かう
栗の木の下にテントが張られいて綿の畑のわれらが舞台
春に種を蒔きたる綿が丈伸ばし畑一面に花咲かせおり
夕暮れをまだ咲いている綿の花掌に乗せそに触れてみる
月光を映して眠らん綿の花その花びらの柔らかなこと
綿の実のいまだ固きに触れながら桃吹く(ももふく)ときを思い浮かべる
農薬を使わず有機肥料にて手間暇かけて作るコットン
オーガニックの綿花育てる人々の優しさ広がる綿の畑に
綿畑渡る涼風心地よく佐々木先生の三線を聴く
無事に戻りし娘迎える歌という親の心は今も変わらず
虫時雨(むししぐれ)聞きつつわれも瞽女さんの子守りの歌を静かに唄う
豊作の祈願の唄を高らかに雲の上なる月に届けと

○8月、NHK「視覚障害ナビ・ラジオ」収録
代々木駅へ送りくれたる智恵ちゃんの励まし受けてNHKへ
NHK放送局前に降り立ちて「ソフィア・ドアー」とドア探させる
電話にて準備重ねた山田さんと初めて会いて笑顔を交わす
放送局を行き交う人に活気あり盲導犬とその中を行く
スタジオに続々集まるスタッフたち点字のついた名刺いただく
先着のわが三味線を膝に抱き音の調整リハーサルなど
「貴女らしく明るく唄ってください」と注文があり演目変える
イヤホンを通して聞こえる司会者の温かき声につい聞き惚れる
「受け継がれる瞽女の文化」をテーマとし中野さんとのトーク楽しむ
イヤホンから「そのままどうぞ」の声聞こえ台本離れて会話は弾む
元気よく「信州追分」唄いあげこれが私と心晴れ晴れ

○9月、演奏用の三味線を買う
三丁の三味線交互に弾き比べ音色と響きに耳傾ける
それぞれに音色の違う三味線にどれがいいかと迷いに迷う
抱いたとき一番重い三味線の深き音色にこれだと決める
胴掛け(どうがけ)を胴の上下に付けさせて瞽女唄用の三味線となる
新しき三味線を抱く初弾きを明日からの日々思いながらに
新しき三味の響きが弾くわれの体震わす鐘のごとくに

○9月、NHK「視覚障害ナビ・ラジオ」放送日
起きてすぐNHKのラジオ付けわれ出演の放送を待つ
もう少しゆっくり話せばいいのにとはらはらしながらわが声を聞く
「瞽女唄をやりましょうよ」と呼びかける私の声が今全国に
瞽女唄への私の思いは語れたと皆に感謝しラジオを止める
目の不自由な男性たちが真っ先にラジオの感想届けてくれる

○9月、「瞽女の世界を旅する」を音訳図書で聞く
高田瞽女杉本一家の慎ましき町屋暮らし(まちやぐらし)の居間にいるよう
「来世には白鳥になりたい」と言いし最後の高田瞽女のしづさん
録音をされているとは知らぬまま告白したる盲女よ哀れ
ノンフィクションの作家と言えど「好きだった」と言われしことを書いてよいのか
瞽女として生きて死にたる女たち思いめぐらす音訳図書に

○11月、「ハートネットTV 瞽女唄が響く」撮影(俳句)
夕映えの枯れ野に立ちて夢和讃(ゆめわさん)
草の実を裾に集めて帰り道
秋の暮れコートの裾をはためかせ
言の葉を振るい落として裸木は
瞽女唄の旅は続くよ末の秋

○11月、岐阜へ瞽女唄の旅 
職員とボランティア待つ喫茶室アットホームな点字図書館
瞽女唄に衝撃受けしことなどをお話しくるる山田館長
岐阜県の点訳ボランティアさんも皆優しくて控えめなりき
「明日の演奏楽しみです」と皆に送られホテルへ向かう
明日唄う「山椒大夫」の節々をホテルのベッドで暗唱をする
「おやすみ」とソフィアの額にキスをして唄唱えつつ夢の中へと

○11月、「岐阜はもんの会」にて瞽女唄演奏
色鮮やかな衣装に着替え三味を負いソフィアと共に控室へと
介助者に「ゆきましょうか」と声をかけソフィアと共に会場に入る
「ソフィアです」と紹介すれば音たてて大きく尾を振るわがアイメイト
会場に慎ましやかな拍手起きそれを頼りに「門付け唄」を
「山椒大夫」唄い上げれば静寂は不意に破られ大きな拍手
アンコールの声に応えて奉仕者に感謝をこめて歌う発ち唄
介助者は明るい声でわれに言う「すごい迫力元気が出ました」
われもまた「ああよかった」と介助者に笑顔を返し三味線仕舞う

○12月、両国門天(りょうごくもんてん)ホールにて「瞽女の足跡」公演
尻尾振り礼子ちゃんへと駆け寄りしソフィアに連れられわれも駆け寄る
通りにて祭り半纏(まつりばんてん)着た人にホールの場所を教えてもらう
両国で瞽女歌聞いてもらわんと今年も来ました門天ホール
主催者とスタッフ次々集まりて準備が進む小さなホール
姉弟子(あねでし)に深紅の帯を締めてもらいお役にたたんと気を引き締める
姉弟子と交互に唄う「瞽女万歳」リハーサルでも本気のリレー
姉弟子とわれに親しく声をかけ席へと進むお客様たち
姉弟子と唄う「姉妹の色比べ」二人の共演ここに始まる
義士祭(ぎしさい)に湧く両国の街角でわれらも聞かん「赤垣源蔵(あかがきげんぞう)」
姉弟子の唄う「赤垣源蔵」に舞台の脇で聞き惚れており
大夫と才蔵に成りきり唄う「瞽女万歳」客席からも笑いがおこる
姉弟子の「ああ楽しかった」のひと言に妹弟子われも笑顔を返す
姉弟子と椅子から立ちて「有難うございました」と笑顔で礼を
「来年もお願いします」とわれわれに声かけながら去るお客様
舞台終え繰り出す師走の両国の街は暮れても熱気が残る

○12月、次男と「片岡好亀賞」贈呈式に行く(俳句)
冬温し(ふゆぬくし)手を置く息子の肩広し
降り立ちて冬暖かき名古屋かな
冬晴れやコサージュ胸に授賞式
瞽女唄の仕事仕舞や三味を拭く